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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第二章 切り裂きジャック事件

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十話 不良執事は夜中に一人

 話をさえぎったのはダークだった。

 ホワイトチャペルとかけているのか、白い三つ揃いを身に着けて、海辺の風景を描いた鐘つきの帽子を飾っている。


 過剰な装いで武装した貴族に、ドードー警部はうろんな目を向けた。


「ナイトレイ伯爵ですかな。お噂はかねがねお聞きしております。ロンドンで起こるさまざまな事件に首を突っ込んでくる、好奇心旺盛な貴族だとね。切り裂きジャック事件にもご興味がおありということですかな」


「その通り。ドードー警部こそ、現場まで足を運ばれるとはご立派ですね。社交サロンでは、貴方は警察の鑑だという話も出ていますよ」


 ダークは、ステッキを持っていない方の手を背中に回して、路地裏の奥を指さした。見れば、積み上がったゴミ袋の陰から、ヒスイがひょっこり顔を出している。


 今のうちに逃げろということだ。

 私とリーズは、うなずき合ってその場を後にした。


「ダイジョブ?」

「ええ。ダークとあなたのおかげで助かりましたわ。ですが、その格好は?」


 合流したヒスイは執事服に身を包んでいた。しかも衿元のタイをだらしなく緩めて、上着を腰に巻くという、不良じみた着こなしをしている。


「ジャックの真似。ゴシュジン、これで酒場パブに行ケって」


 酒場はすぐに見つかった。昼間は軽食が食べられる店で、料理名を書いた立て看板が通りに出ていたからだ。

 店内に入り、ビール樽に板をのせたカウンターで料理を注文して、お金を払ってから壁ぎわのテーブル席に座った。


 椅子は木製だ。座面にクッションを置くような心づかいはないので、長く座っているとお尻が痛くなりそうである。

 だが、周りは誰も気にならないようだ。ビール片手に飲んだくれている客が大勢いて、上機嫌で大笑いしている。


「私、酒場に来るのは初めてだわ。メニュー表もないし、先にお会計するのね」

「昔ながらの料理と飲み物しかないから必要ないのよ。馴染みの客は、だいたい『いつもの』で通じるの」


 リーズの蘊蓄を聞いていると、ほどなくしてフィッシュアンドチップス、ローストラム、ヨークシャープディングが運ばれてきた。

 年嵩の女将に多めのチップを渡すと、喜んだのちにヒスイの服を見て言う。


「最近の子ってのは、変わった着こなしをしてるねえ。先日までうちで働いてたのも、執事みたいな服をわざと着崩しててさ。変だって言っても直さなかったのよ」

「その人は、黒髪ではありませんでしたか? ちょうど彼くらいの背丈で」


 ヒスイが立ち上がって一回転すると、女将は「そうだったね」と同意する。


「体型もこんなだったよ。素性は明かせないって言うから、適当に『ジャック』って呼んでたんだけど、給料日を過ぎたらぱったり来なくなっちまった。その日に皿を割って手に怪我をしたし、近くで殺人事件が起きたから、区切りが良かったのかもしれないね。あんたら知ってるかい。切り裂きジャック事件っての」


「ええ。先ほど、犯行声明を見ましたわ」

「恐ろしかっただろ。あれを目当てに見物客がわんさか来るから、うちは大助かりだよ」


 女将が去ったテーブルで、ヒスイはローストラムに齧りついた。

 私とリーズは、食事もそこそこに女将から聞いた情報を整理していく。


「ジャックがイーストエンドに通っていたのは、ここでアルバイトしてお金を稼ぐためだったのね。私が渡している生活費では足りなかったのかしら?」

「金額は十分だったはずよ。余らせて繰り越していたのを知ってるもの。真夜中に家を抜け出してまで働いていた理由って何なのかしらね」


 料理を完食して店を出る。乗合バスが通る大通りを目指して歩いていると、通り沿いの店に『シャロンデイル』の文字が見えた。


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