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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第二章 対決は過剰装飾《おかし》な伯爵と

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二話 悪しき令嬢は花と競う

 

 集中する私の耳が拾ったのは、近くで壁の花を決めこむ令嬢たちのヒソヒソ話だった。


「そう。リデル男爵家の少女当主よ。強盗にあって、家族を皆殺みなごろしにされたとかいう」

「目の前で家族を亡くされたショックで記憶をなくして、イーストエンドで浮浪者ふろうしゃのように暮らしていたんですって」

「そのせいで性格がキツいのよね。この間なんて、同じお茶会に参加していた令嬢が自分より美人で気に入らないからって、池に突き落とそうとして足をすべらせて自分が落ちてしまったんですって。友達の友達が言ってたわ!」


 うわさが事実と異なっていたので、私の心は逆立った。


(美人なせいで池に落とされたのは私の方よ!)


 一カ月ほどまえに公爵夫人のお茶会に出た私は、令嬢たちに池に落とされて溺れ、あやうく死にかけたのだ。


 もともと『アリス』は人づきあいが得意ではない。

 お茶を口実に集まっては噂や悪口に花を咲かせるのが生きがいの、同年代の令嬢たちとは特にだ。


 性格の悪い令嬢たちに素っ気なく接してきた『アリス』は、そのせいで『高慢こうまんちき』『付けあがっている』『生意気なまいき』と嫌われ、たまに辛い目に合わされている。


 前世でいうところで、イジメを受けているような状態だ。

 これは『悪役アリスの恋人』にもあった設定なので、私は驚きもしなかった。


 ゲームの中では、令嬢たちのイジメによって死にかけた『アリス』が、攻略キャラクターに助けられるという、ロマンチックなエピソードに仕上がっているので、気にならなかったが。


(よくよく考えたら、私、イジメから助けられたことは今まで一度もないような……)


 溺れたときは、池の底からあらわれた巨大なウナギにお腹を突きあげられ、岸まで飛ばされて助かった。


 その前の屋外ガーデンピクニックでは、あっつあつの紅茶で舌を火傷させられそうになったが、急な豪雨ごうう見舞みまわれて飲まずにすんだ。


 その前も、その前も、またその前も……!

 私は、絶望的なまでに攻略キャラクターの好感度を上げられない人生を送ってきている……。


 落ちこむ私を、ひときわ高く髪を結い上げた貝殻かいがらイヤリングの令嬢がせせらわらった。


「一度でもイーストエンドにいただなんて。上流で生まれ育ってきたわたくしたちとは話が合わないはずよね!」


 その顔に見覚えがあったので、私はくるっと首を回した。


「そうね。嘘つきに合わせる話はないわ」

「う、嘘つきだなんて。急に何をおっしゃるのかしら?」

「私を池に落として《《くれた》》令嬢の中に、あなたがいたのを思い出しただけよ」


 真顔で告げると、ほかの令嬢たちが顔をしかめた。


「まあ」

「本当ですの? マデリーン様」

「まさか! その方の覚えちがいですわ。アリス嬢、ごきげんよう!」


 貝殻イヤリングの令嬢――マデリーンは、私を一睨ひとにらみすると、周りを連れてそそくさと離れていった。


(まあ、いいけど。噂の前半は事実だもの)


 リデル男爵家に強盗が押し入ったのは三年前。

 ちょうど『アリス』が十三歳になった日の真夜中だった。


 私は、家族から使用人まで一人残らず犠牲ぎせいになった事件で、運よく――いや、悪くと言うべきか――ジャックと共に通りがかった悪魔の手で《《よみがえった》》。


 そして、孤児が集まるイーストエンドに移動して、隠れて暮らした。強盗に見つかったら、また殺されると思っていたからだ。


 貧しい生活は、ベアが見つけてくれるまで一年間ほど続いた。

 それから、リデル男爵家を再興さいこうし、『アリス』が当主を名乗れるようになるまで一年。

 社交界に出る余裕ができたのは、つい最近だ。


 悪魔の手でよみがえったことは知らないとはいえ、家柄も育ちも申し分ない貴族からすれば、私は珍獣ちんじゅうのような存在なのだ。


(イジメになんかくつするものですか。私は、この黒幕くろまくみたいな人生から抜けだして、白髪のおばあちゃんになるくらい長生きしてやるんだから!)


 私が顔を上げると、目のまえに、真っ白なウサギ耳をつけたウエイターがいた。

 彼は、大きな黒縁眼鏡をかけた目を細める。


「レディ、シャンパンのおかわりはいかがです?」

「いいえ。結構けっこうよ」


 とても飲める気分ではなかったので断ったが、ウエイターは諦めない。


「では、キャビアをのせたカナッペはお好きですか? 甘いシロップをかけたアイスクリームは? こんがり焼いたビスキュイもございますよ?」


 ウエイターは、近くのテーブルから次々と品を取りあげては、手元の銀盆にのせていく。

 その勢いたるや、まるで押し売りだ。


 まずいと思った私は、後ずさりつつ両手を振った。


「せっかくですが、あまり食欲がありませんの――」

「なんと。せっかくの夜会なのに、気分がのらないとはもったいない!」


 高らかに言って、ウエイターは銀盆を放りなげた。さらにカチューシャを外し、撫でつけていた白銀色の髪をほぐして、眼鏡をとる。


 魔法少女アニメの変身バンクのような早変わりに、私は目を白黒させた。


「えっ、えっ、ええええーっ!?」

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