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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第一章 おめかし伯爵の帰還

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一話 しゃべるアリスのお庭

「なんて平和なのかしら……」


 薔薇が咲きみだれる庭園で、『アリス』こと私は和んでいた。


 ガーデンテーブルに肘をついて見上げる空は、雲一つない快晴だ。


 手にしたカップには、春摘みのダージリンが注がれている。

 爽やかな飲み口は、ベリーソースを贅沢によそったサマープディングと相性抜群で、すでに二度もおかわりしてしまった。


 いくら痩せ気味の体型といえど、食べ過ぎなのは重々承知している。


(体重のことは忘れるの。誕生日じゃない日だって、自分を甘やかすことは必要よ)


 赤いソースが絡んだスポンジを、大きく開けた口に入れると、ほっぺたが落ちそうに甘かった。お菓子を味わっている間の至福は、なにものにも代えがたい。


「おいしい~!」


 頬に手を当てて身もだえする私を見つめるのは、両サイドに座ったトゥイードルズ兄弟だ。瞳孔が開いた水色の瞳と、感情が読みとれない無機質な声で忠告してくる。


「アリス、どんな時化しけもいつか凪ぐものさ」

「アリス、嵐のまえはいつも静かなものさ」


 二人とも、ギンガムチェックのリボンを巻いたストローハットに似合わない現実主義者だ。

 だがしかし、私のご機嫌はそのくらいでは崩れない!


 こんなに晴れやかな気分は久しぶりだ。前向きな心は、どんな悪口だって明るく変換できるのである。


「永遠に続かないからこそ尊いんだわ。楽しめるときに、めいっぱい楽しむのよ!」


 ほんの一月前まで、私たちは『眠り姫事件』の犯人捜しのためにロンドン中を奔走していた。

 事件は私の過去にも通じていて、トラウマをえぐられる悲しい体験もした。


 同じ場所にいるために全速力で走らなければならないような、走ることを止めたら全て失ってしまうような、スリリングで愛おしい日々だった。


(相変わらず、貴族令嬢らしからぬ人生を送っているわね。『アリス』は!)


 自分のことながら他人行儀に思えるのは、私が前世の記憶を持っているからだ。


 もしかしたら「前世って一体なんのこと?」と思った方がいるかもしれないので、ここで乙女ゲームの続編っぽくおさらいしておこう!


 前世で冴えない会社員だった私は、車道に飛び出した子猫を助けようとして走ってきたトラックに轢かれ、大好きな乙女ゲーム『悪役アリスの恋人』の主人公に転生した。


 アリス・リデルという名前の、血のように赤い髪と瞳を持つ、それはそれは美しい男爵令嬢だ。

 弱冠十六歳ながら一家の当主であり、持ち前の勇気と聡明さでロンドンを恐怖に陥れる不可解な事件を解決していく、いわば、ダークヒロイン的な役回りの少女である。


 アリスに転生したと気づいたときは、飛び上がるほどに嬉しかった。


 だって、親の顔より見た神絵師のイラストそのままの美貌を手に入れ、推しと同じ次元で生きられる立場になったのだ。

 画面越しではなく、推しに会って、推しと同じ空気を吸って、推しに触れる瞬間を想像してほしい。


 そう、天にも昇る心地だ……!


 日々の幸福を噛みしめていたら、暦の上ではもう七月になっていた。


 ゲーム世界といえど季節感はあるので、夏はそれなりに暑い。これまで温室で開かれていたお茶会は、涼を求めて噴水のある庭園に会場をうつした。


 薔薇垣が迷路のように入り組んだ庭は、私のお気に入りだ。


 噴水の近くにアイアンテーブルと椅子を並べ、降りそそぐ日差しを避ける大型パラソルを差しかけて、快適なお茶会空間を作り出している。

 とはいえ熱気はこもるので、風が吹いていない日は扇で仰いで涼をとった。


 ヴィクトリア朝のロンドンをベースに世界観が作られているため、扇風機や冷房の設備はない。

 女性が惜しげもなく肌を見せるような格好も厳禁だ。基本的にスカート丈はロングで、ズボンは履かないのが常識である。


 私――『アリス』には、ゲームの主人公らしく普段着が決められている。

 黒いワンピースに白いエプロンが基本で、季節が移ろおうとも見た目にはあまり変化がない。


(変化がないように見えて、しっかり変わっているのよ。ドレスは薄くて軽い梨地になったし、新しいエプロンは裾のフリルを当社比で二倍にしてもらったんだから!)


 新しい服は軽いしお手入れも楽ちんなので、永遠に夏でもいいなと思っている。


「ダムとディーも夏を楽しまなくちゃ。来年も季節は巡ってくるけれど、この夏は今しかないのよ」


 前世で陰キャだった頃は、フェスにBBQに旅行にと、人が活発になる夏は苦手だったけれど、転生して彼らの気持ちが分かった。

 太陽が燦々と輝いているだけで心が弾む。高い温度がやる気を駆り立てて、今なら何だってできるよ、と背を押してくれる季節なのだ。


「楽しめるとき?」

「楽しんでおく?」


 双子はうずうずした顔で噴水の方を見た。


 顔立ちはそっくりだが、左目の下に黒子があるのが兄のダムで、右目の下にあるのが弟のディーだ。

 話し始めるのはダムからなので、顔が見えなくても困ることはない。


 ちなみに、二人ともれっきとした攻略対象キャラクターである。

 普段は『アリス』の護衛をつとめる戦士だが心は十歳。遊びたがりの子どもだということを忘れてはならない。


「二人の分のケーキは取っておくわ。お庭で遊んでいらっしゃい」

「「わぁい!」」


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