† † 悪役令嬢の婚約 † †
女王に手渡された手紙を読んだ私は、卒倒するかと思った。
事件を解決するまでの一連の流れが、私とダークの恋模様に重きをおいた、乙女ゲームのように書かれていたからだ。
「どういうことなの、ダーク!」
「何てことはないさ。俺は美貌だけでなく、文才も持ち合わせていてね。筆がのって大恋愛超大作になってしまったというだけだよ。だが、内容のねつ造はしていないよ。君との出会いから、駆け引き、事件に巻き込まれての急接近までを、少々華やかに表現しただけで」
「華やか? 華やかですって?」
私は、ダークの襟元をつかんで、反対の手で書面を顔に突きつけた。
「ここの『夜会で初めてのキス』って、私があっち向いてホイ方式で騙されたやつでしょう! 『一目で引かれ合った二人は、お互いの熱を伝え合うように唇を合わせ……』って表現するのは、ねつ造以外のなにものでもないじゃない!!」
「まあまあ、落ち着いて。ヴィッキーはお気に召したようだよ。ね?」
ダークが笑いかけると、女王は桃色に染まった顔を縦になんども振った。
「素晴らしい完成度よダー君。このまま本にして売ってほしいわ! あ、その前に結婚式よね。どんなドレスで行こうかしら?」
どうやら重大な誤解をされている。
私はダークをつかんでいた手を離して、必死に主張した。
「陛下! この婚約は犯人を陥れるためにでっちあげたことで、本気じゃないんです!」
「照れなくってもいいのよ、アリス。危機が男女を結びつけるのはよくあることなのよ。事件でのドキドキ感が、本物の愛へと変わる……。ときめくわぁ!」
「ヴィッキー、あまりからかわないでくれ。アリスは照れ屋なんだ。だけど、本気になると情熱的でね。契りを交わすときも、かわいい顔で懇願してくるものだから、手加減できなかったんだ」
「ダーク、変な言い方をしないで! 烙印の話でしょう!?」
「あれ、キスの話じゃなかった?」
悪びれないダークの笑みに、私は顔を真っ赤にして憤慨した。
見ていた女王は、クネクネと体を揺らす。
「きゅんきゅんするわ! メイドたちにも見せてあげたい!」
「ど、どこに行かれるのですか、女王陛下っ!」
「ちょっと人を集めてくるわ~っ!」
私の呼び止めもむなしく、女王は長いドレスをたくし上げて、丘を駆け下りて行ってしまった。
あの調子では、まちがいなく婚約について言い触らされるだろう。
王宮に伝われば、社交界まで噂が広まるのに時間はかからない。
「なんてこと……。なにもかも、あなたのせいだわ!」
頭をかかえる私に対して、ダークは「いいじゃないか」と上機嫌だ。
「烙印を与えて、魂を預かる契約をしたわけだから、婚約したも同じだよ。本当はそんなものなしに、君とかかわりたかったな。多分、ベルナルドも同じ気持ちで、きみには『烙印』を押さなかったんだと思うが――」
「烙印を与えれば、相手とのつながりができるのに……?」
不思議に思う私を、ダークは愛おしそうに見つめてくる。
「どうせなら、相手の意志で、好きになって欲しいじゃないか」
「私の意思」
私は、なぜベアが『烙印』を与えなかったのか、その理由を知った。
ベアは、私からの愛が欲しかったのだ。
烙印で手っ取り早く言わせる睦言より、自発的な感情を望んだ。
愛を知る悪魔だったのだから、彼は。
「……馬鹿なひと」
そう不満を口にできるぐらいには、私はベアを家族として愛していたのに。
ダークは、紅茶を一口飲んで、「さて」と話題を変えた。
「俺たちの婚約の話だ。女王陛下たるヴィッキーの承認があれば、どんな貴族も反対できないと思うんだけど、お披露目はいつにする?」
「しません。婚約は成り行き上、仕方なくしただけです!」
「強情だなあ。このムードに流されておいでよ。幸せにするから」
「けっこうよ。私には、まだまだやることがあるの」
これがダークの個別ルートらしいことは諦めがついた。
問題は、乙女ゲームのボリュームからいって、これが裏ルートの序盤に過ぎないということだ。
つまり、ダークと恋が進めば進むほど、『アリス』の命は脅かされる。
私は、ポシェットから拳銃を取りだして、ダークの脳天につきつけた。
「私はリデル男爵家の当主『アリス』。幸せは自分の手でつかむわ。婚約は、性格の不一致で破棄していただきます」
きっぱり告げると、ダークはサファイアの瞳を愉悦に細めた。
「そんなことして、後悔しないかな。君、意外と俺のことが好きなのに」
「好きだなんて、言った覚えはないわ」
「烙印を押すときに、キスをしたから分かるよ?」
指摘されて、私は再び真っ赤になった。
「人の心を読むなんて、卑怯ものーっ!」
つかんだ書簡でバシバシ叩くと、ダークは声を上げて笑った。
夏は目前。つぎの事件が起きるまでの短い平和は、ままならない初恋に振り回されて終わりそうだ。
〈第一部 完〉




