五話 すべてアリスの意のままに
「あの招待状の山は、女王陛下のせいだったのね……」
女王陛下から婚約者を都合されるようなストーリーは、ジャック、リーズ、双子の個別ルートにはない。
選択肢が出ないことで、すでに私の人生は『悪役アリスの恋人』のシナリオからずれてきている……。
(逆さまに考えれば、私独自の人生を歩んでいけば、ゲームの『アリス』のように危ない目に合わずにすむのかも?)
リデル男爵家の当主として事件の犯人さがしに躍起になるから、『アリス』はやたらめったら死ぬのだ。
攻略キャラクターとの恋を深めれば深めるほどに、危機的な展開が待っている。
(だけど、もしも私が《《攻略キャラクターではない》》男性と結婚してしまえば……)
その男性が『男爵』を継ぐことになる。
黒幕家業も託してしまえば、私は貴族夫人として平凡に生きることになるだろう。
そうなれば、死に瀕する機会は、格段に減るのではなかろうか。
「よし、モブと結婚しよう! そして悪役を引退するのよ!」
手紙をぐしゃりと握りしめた私の言葉に、リーズとジャックが飛び上あがった。
「結婚するのか、お嬢……」
「女王サマがお勧めした男なんて、アタシは認めないわよ?」
「断固!」
「反対!」
話を聞きつけた双子まで、拳をつきあげた。
この四人、攻略対象じゃないと小姑と化すらしい。
「け、結婚はご縁があったら、という話よ……」
どうやって場をおさめようか悩んだ私は、テーブル端に置いてあった新聞に目をつけた。
一面は、令嬢が眠りについたきり目覚めないという、通称『眠り姫事件』についての記事である。
「そんなことより、この事件、気にならない?」
私は、苦しまぎれに新聞を広げる。
「眠り姫は、私くらいの年頃よね。私は結婚なんて考えてもいないけれど、そういう気がある振りをすれば、貴族たちから情報を集められるって、女王陛下が教えてくれたのよ」
すると、四人は「次の標的は眠り姫事件の犯人か」と納得した。
上手く話をそらせたようだ。
「みんな、大英帝国を守るために力を貸してちょうだい」
私が右手を差しだすと、トゥイードルズが両脇から指をつかんだ。
「「もちろんさ、ぼくらのアリス!」」
「お嬢が解決するのを待っているような事件よね。楽しみだわ」
うきうきした表情のリーズが手を載せる。
ジャックも烙印の消えた手を一番上に重ねた。
「この力、お嬢にゆだねる。怠いけどな」
息を整えた四人は、私の手を下に押して、声をそろえた。
『すべて、アリスの意のままに』
この瞬間が、前世の私は大好きだった。
『アリス』と彼らに血の繋がりはない。
けれど、家族であり、仲間である。
強い絆を感じられるのが、事件ごとに必ず一度は挿入されているこの円陣なのだ。
「おやぁ。ずいぶん焦げ臭いなぁ。どうしたんだい、かわいい子どもたち!」
温室に、プディング皿をかかえた大男が現れた。
太い眉がりりしい顔立ちと、逆三角形の筋骨隆々《きんこつりゅうりゅう》とした体格はレスラーのようだ。
真っ白いコック服を着ているが、料理人ではない。
彼はベルナルド・リデル。『アリス』の叔父である。
先が折れるほどの剛毛をねじって留める、個性的な髪型が熊の耳のように見えるので、『ベア』と呼ばれている。
彼は、屋敷を頻繁に訪ねてきては、イタリア仕込みの派手な料理を山のように作ってくれる。
攻略キャラクターではないけれど、大切な家族だ。
けれど、ベアは黒幕家業については知らない。父も『アリス』も、彼には知られないように生きてきた。
私は、女王からの手紙をエプロンのポケットに隠す。
「ウインナ珈琲を作ろうとしたのよ、ベア叔父さま。スプーンにのせた角砂糖に、アルコール度数の強いウォッカを染みこませて火をつけるの」
「だけど、火加減をあやまったみたいで、みんな消し炭になっちゃったの。面白いわよね」
「そんなことがあるのか! 珈琲は豆を炒って作るから、燃えやすいんだろうなあ!」
リーズが入れたフォローに、ベアは豪快に笑ってくれた。
この底抜けな陽気さも、リデル男爵家には必要なものだ。
「なにはともあれ、火事にならなくてよかった。さあ、ベアおじさん特性のプディングを召しあがれ!」
「「わーいっ」」
ベアが置いたプディングに、双子が飛びついた。
「ダム、ディー。そんなに食べたら、晩御飯が食べられなくなるわよ」
心配する私に、ベアは一通の手紙を出した。
「忘れるところだった。アリス。手紙が届いていたよ」
「また手紙?」
夜空を思わせる濃紺の封筒だった。
受けとった私はナイフで封を開ける。
引き出したのは、小さなカード。
添えられたレース紙の便箋には、こう書かれていた。
『リデル男爵家の当主、アリス殿。我が屋敷で楽しい一夜を過ごしませんか。ぜひ麗しいお姿をお見せください。愛をこめて――ダーク・アーランド・ナイトレイ伯爵』
「かかったわね、モブ一号……!」
このとき、私の笑みを見ていた者がいたならば、あまりのゲスさにドン引きしていただろう。だが、この機会を逃がすものかと意気込む気持ちを分かってほしい。
このモブ――ナイトレイ伯爵と恋愛できるかどうかに、私の命がかかっているのだから。
「また女王からか?」
「いっ、いいえ。あさって開かれる夜会の招待状よ!」
ジャックに声をかけられたので、私は急いで表情を引きしめた。
彼を攻略するわけではないとはいえ、推しに変顔を見られるなんて乙女ゲームプレイヤーのプライドが許さない。
「ナイトレイ伯爵という方のお屋敷で開かれるそうよ。これに参加しようと思うんだけれど、準備は間に合うかしら?」
すると、リーズが渋面になった。
「お嬢、あんなに夜会嫌いだったのに……。そうまでして調べたいほど、この事件が気になるの?」
「じーっ。あやしい」
「じじーっ。あやしい」
双子までが、丸い目を見開いて私をいぶかしがる。
「事件の情報を集めるためよ! 四人とも疑いの目はやめて!!」
私はうすうす感じていた。
モブ攻略までの道のりは、この四人のせいで険しいものになるかもしれないと――。




