七話 決着
――晩餐で、悪魔を殺す方法をたずねた私に、ダークはこう答えた。
『そんな方法は聞いたことがないな。かの英国国教会のエクソシストだって、悪魔は払うことしかできないはずだよ』
『どんな方法でもいいの。可能性があるのなら教えて』
私が懇願すると、ダークはグラスを置いて、手を組んだ。
『相手が抵抗できないほど弱ったなら、俺が烙印を押して、地獄から出ないように命じられる。――君たちに、それができるかい?』
(できるかどうかじゃない。やるのよ!)
最初から負け戦だということは分かっている。
それでも、私たちが薔薇の呪縛から逃れて、自分なりの人生を取り戻すには、己の力でベアを鎮圧しなければならない。
(なにか、圧倒できるものが必要だわ)
ヒントを探して首をめぐらす私に、ダークが天井を指さしてみせた。
(上?)
見上げると、そこにはクリスタル製の巨大なシャンデリアがあった。
シャンデリアを吊り下げるチェーンには、ジャックの炎が引火している。
燃えているのは、錆止めのために塗ったオイルだ。
チェーンの中ほどが赤く溶けかかっているのを見つけた私は、認識するが早くお腹から声を上げていた。
「全員、鏡のなかへ!」
命令に飛び起きた四人は、四方の鏡の壁に向かって走りだした。
「ど、どうしたんだい愛し子たち?」
ベアが戸惑った隙に、私はシャンデリアに向けて拳銃を撃った。
弾はカンと音を立てて、ちょうど溶けかけていた部分に命中した。
金属が千切れて、重たいシャンデリアは、真っ逆さまに落ちる。
真下にいるのは、ベアだ。
「あ……?」
ぽかんと見上げたベアを、超重量の塊となったシャンデリアが押しつぶした。
響くのは、骨が折れる嫌な音。
床を伝うのは、ひどい衝撃。
バラバラになって弾むのは、美しくもするどい破片――。
(まるで、私が死んだときのようだわ……)
感傷に浸りながら、私は身もだえするベアを見つめた。
悪魔は死なない。苦しむだけだ。
けれど、死なないということは、こんなに無様なものなのか。
そう感じるほどに壮絶な苦しみようだった。
「そろそろ潮時かな」
ダークが指を鳴らすと、落ちたシャンデリアを中心として、床に大きな三日月の紋章が浮かび上がった。
ベアの薔薇とはちがい、白い光で描かれている。
紋章の外側に立ったダークは、勝者の顔でベアを見下ろす。
「愉快なパーティーだったよ、悪魔ベルナルド。参加賞として、このシャンデリアはあげよう。地獄で家族ごっこを楽しむといい。――ただし、永遠に独りでね」
ダークがオーケストラの指揮者のように腕を振り上げると、ベアの周りの床が水面のように揺らめいて、濃紺の銀河が広がった。
テーブルやシャンデリアの残骸は、その中へと飲みこまれていく。
同じように沈むベアは、必死に手をふり回す。
「嫌だ。独りにしないでくれ、わたしの『アリス』!」
「いつか業火の向こうでお逢いできますわ。さようなら、ベアおじさま」
焼け残った訃報を差し入れると、ベアは顔を歪めてつかんだ。
「まえのきみに、」
「え?」
「車からかばってもらえて、うれしかったよ……」
ねじって留めた髪の、カギしっぽのように折れ曲がった部分をさいごに、ベアは銀河に飲みこまれた。
ダークが拳を握ると、急速に銀河が収束していく。
光は、壊れたすべてを飲みこんで、妖精が飛びたったあとのような粒子を残してかき消えた。
残ったのは、あちこちに飛び火した炎が照らす、うす暗い広間だけだ。
「車からって……。つまり、ベアは、」
前世で助けた、カギしっぽの子猫だったのだ。
落としたスマホの画面から、私が『悪役アリスの婚約』を楽しみにしていると知って、この世界に転生させてくれたのかもしれない。
命を助けた恩返しとして――。
私は、その場にぺたんと座りこんだ。
「……これが、私の裏ルート……」




