六話 彼には児戯《たわむれごと》
叫んだところで塊は止まらず、ダークの体にぶつかった。
椅子はひどい音を立てて砕け散る。
「ダークっ!」
「……心配にはおよばないよ」
その言葉と共に、粉々になった木片が跳ねとばされた。
飛ばしたのは、横向きに浮かんだ三日月の紋章だった。
ダークが自らの紋章を盾にして身を守ったのだ。
能力を使っているせいで、頭にはウサギ耳のような二本角が顕現している。
「自分より残虐な悪魔に、悪魔と罵倒される日が来るとはね。一か月くらい笑えそうなジョークをありがとう」
余裕で笑うダークに、ベアは憤りの息をふーっと吐いた。
「ナイトレイと言ったな……。知っているぞ、お前の父親を。貴族なのに跡取りに恵まれず、悪魔を召喚して『息子』を望んだ愚かな人間だ。そんなに欲しいなら、他人から奪えばよかったものを」
「……短絡的な思考は不愉快だ。アリス、俺の手が出るまえに、さっさと決めてくれ」
ダークはその場で腕を組んだ。
私が願った通り、静観するつもりらしい。
「お嬢、下がってろ」
私の腕を引いたのは、怖い顔をしたジャックだった。
彼は、惨劇の夜と同じ仕草で、サーベルの切っ先をベアに向ける。
「てめえ、オレに嘘をついたな。そばで騙してたんだ、ずっと、ずっと!」
「愚かなジャック。そう言わないと、『わたしとアリスの新しい家族』にはなってくれなかっただろう?」
「ああ。リデルを壊した悪魔と家族ごっこなんて、いっそ死んだ方がマシだった! 自分の愚かさが憎い。おっさんも、『烙印』を受けた自分も、すべて憎くて、燃え尽きそうだっ!!」
ジャックの両手から炎が爆ぜあがった。
彼の体からサーベルまでを包むそれは、熱を持った鋼を赤く色づかせる。
ヒスイが水を出して辺りへの延焼を防ぐが、炎がなめたテーブルクロスは焦げ、舞い上がった火の粉が飾りの色紙に引火する。
異様な光景に、私は息をのんだ。
(これは、憎いものだけを焼く炎のはずなのに!)
炎は、ジャックの衣服まで焦がしている。
怒りで、能力の箍が外れているのだ。
「ジャック、自分まで燃やしては駄目!」
「うるせえっ、あいつごと燃やし尽くしてやる!」
引き止める間もなく、ジャックはベアに突進していく。
串刺しにしようと突き出した刃先は、あっさりと爪で摘ままれてしまった。
「親に刃物を向けるなんて、なんて悪い子だ。もういらないなあ」
ベアが力を込めると、硬いはずの刃は、風に舞う葉っぱのように丸まった。
ひるんだジャックは、ベアに首を片手でつかまれて、宙に持ち上げられた。
「ぐあっ」
びきりと筋が張った太い指に締め上げられて、ジャックがうめく。
それを見て、ベアを敵だと認識したダムとディーは、それぞれ武器を取りあげて飛びかかった。
「「ジャックをはなしてっ!」」
「こらこら、おいたはダメだぞう」
双子の放つ矢と打ち下ろす剣は、蠅でも追うように片手で払い落される。
だが、そのくらいでめげる双子ではない。次々と攻撃を繰りだしていく。
ベアは、それらを簡単にいなしながら、テーブルにのぼって高笑いした。
「ははは。無理だよ、愛しい子どもたち! 『悪魔の子』は親の悪魔には《《ぜったいに》》敵わない!!」
「そうでしょうねっ!」
疲れた双子と入れ替わりにリーズが跳ねあがり、ベアの首にチェーンベルトを回した。
リーズが力いっぱい引くのに合わせて、ダムとディーはベアの手を攻撃する。
これにはさすがに堪えたようで、ベアはジャックを取り落とした。
四人は、どさりとテーブルの下に転がる。
(やられっぱなしだわ)
目に見える劣勢に、私はくちびるを噛んだ。
ベアにとって、私たちの攻撃は児戯でしかない。




