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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
最終章 アリスの烙印

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六話 彼には児戯《たわむれごと》

 叫んだところで塊は止まらず、ダークの体にぶつかった。

 椅子はひどい音を立てて砕け散る。


「ダークっ!」

「……心配にはおよばないよ」


 その言葉と共に、粉々になった木片が跳ねとばされた。

 飛ばしたのは、横向きに浮かんだ三日月の紋章だった。


 ダークが自らの紋章を盾にして身を守ったのだ。

 能力を使っているせいで、頭にはウサギ耳のような二本角が顕現けんげんしている。


「自分より残虐な悪魔に、悪魔と罵倒ばとうされる日が来るとはね。一か月くらい笑えそうなジョークをありがとう」


 余裕で笑うダークに、ベアは憤りの息をふーっと吐いた。


「ナイトレイと言ったな……。知っているぞ、お前の父親を。貴族なのに跡取りに恵まれず、悪魔を召喚しょうかんして『息子』を望んだ愚かな人間だ。そんなに欲しいなら、他人から奪えばよかったものを」

「……短絡的たんらくてきな思考は不愉快だ。アリス、俺の手が出るまえに、さっさと決めてくれ」


 ダークはその場で腕を組んだ。

 私が願った通り、静観せいかんするつもりらしい。


「お嬢、下がってろ」


 私の腕を引いたのは、怖い顔をしたジャックだった。

 彼は、惨劇の夜と同じ仕草で、サーベルの切っ先をベアに向ける。


「てめえ、オレに嘘をついたな。そばで騙してたんだ、ずっと、ずっと!」

「愚かなジャック。そう言わないと、『わたしとアリスの新しい家族』にはなってくれなかっただろう?」


「ああ。リデルを壊した悪魔と家族ごっこなんて、いっそ死んだ方がマシだった! 自分の愚かさが憎い。おっさんも、『烙印スティグマ』を受けた自分も、すべて憎くて、燃え尽きそうだっ!!」


 ジャックの両手から炎が爆ぜあがった。

 彼の体からサーベルまでを包むそれは、熱を持ったはがねを赤く色づかせる。


 ヒスイが水を出して辺りへの延焼を防ぐが、炎がなめたテーブルクロスは焦げ、舞い上がった火の粉が飾りの色紙に引火する。


 異様な光景に、私は息をのんだ。


(これは、憎いものだけを焼く炎のはずなのに!)


 炎は、ジャックの衣服まで焦がしている。

 怒りで、能力のたがが外れているのだ。


「ジャック、自分まで燃やしては駄目!」

「うるせえっ、あいつごと燃やし尽くしてやる!」


 引き止める間もなく、ジャックはベアに突進していく。

 串刺しにしようと突き出した刃先は、あっさりと爪で摘ままれてしまった。


「親に刃物を向けるなんて、なんて悪い子だ。もういらないなあ」


 ベアが力を込めると、硬いはずの刃は、風に舞う葉っぱのように丸まった。

 ひるんだジャックは、ベアに首を片手でつかまれて、宙に持ち上げられた。


「ぐあっ」


 びきりと筋が張った太い指に締め上げられて、ジャックがうめく。

 それを見て、ベアを敵だと認識したダムとディーは、それぞれ武器を取りあげて飛びかかった。


「「ジャックをはなしてっ!」」

「こらこら、おいたはダメだぞう」


 双子の放つ矢と打ち下ろす剣は、蠅でも追うように片手で払い落される。

 だが、そのくらいでめげる双子ではない。次々と攻撃を繰りだしていく。

 ベアは、それらを簡単にいなしながら、テーブルにのぼって高笑いした。


「ははは。無理だよ、愛しい子どもたち! 『悪魔の子(スティグマータ)』は親の悪魔には《《ぜったいに》》敵わない!!」

「そうでしょうねっ!」


 疲れた双子と入れ替わりにリーズが跳ねあがり、ベアの首にチェーンベルトを回した。

 リーズが力いっぱい引くのに合わせて、ダムとディーはベアの手を攻撃する。


 これにはさすがに堪えたようで、ベアはジャックを取り落とした。

 四人は、どさりとテーブルの下に転がる。


(やられっぱなしだわ)


 目に見える劣勢れっせいに、私はくちびるを噛んだ。

 ベアにとって、私たちの攻撃は児戯たわむれごとでしかない。

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