三話 鏡の間に鐘はなる
柱時計から、十二時の鐘が鳴る。
と同時に、廊下に通じる大きな扉が開いた。
「こりゃあ、凄いなあ」
家令の案内で現れたのはベアだった。
コック服ではなく、イタリア仕込みのセンスが光る洒落たスーツに、アスコットタイを締めている。
髪型はいつも通り、ねじって留めた髪が熊の耳のように見える豪快なものだ。
「「ベアっ!!」」
招待人がベアだと気付いた双子は、嬉しそうに彼の両側にまとわりつく。
私はしずしずと近づいて、ドレスを軽くつまんで膝を曲げた。
「お待ちしておりました。ベア叔父さま」
花束を持ってきたベアは、私を目にするとほれぼれと頬をゆるめた。
「見ちがえるほど綺麗になったなあ、アリス。リーズとトゥイードルズが帰ってこないと聞いて心配したが、ここを飾りつけるためだったのか!」
花束を受け取った私は、毒気のない顔で笑った。
感極まるベアを、作り笑顔のリーズが案内する。
「どうぞ、こちらに。お席をもうけましたわ」
テーブルには、双子がつたない字で『ベアおじさんの席!』と書いた札が立っている。当主席とは正反対に当たるその席に、ベアは、素直に腰かけた。
ジャックが用意したカップに熱い紅茶を注いでいく。
当主席に向かった私は、花束をテーブルの端に置いて、壁際にひかえていたダークを呼んだ。
「叔父さま。パーティーを始める前に、お伝えしたいことがありますの」
「何か、新しいサプライズかい?」
うきうきと楽しそうなベア。
私は、隣に立ったダークの腕に、手をからめて宣言した。
「私は、ここにいるダーク・アーランド・ナイトレイ伯爵と婚約します」
「こんやくっ!?」
仰天するベアに、ダークは理想の婚約者らしく微笑んだ。
「突然の発表になって申し訳ありません。彼女の唯一の親類であるあなたには、先にお披露目しようと思いまして――」
「そんなこと、認められない!」
ダークの言葉をさえぎって、ベアはテーブルに拳を叩きつけた。
あまりの衝撃に、準備したカトラリーが散らばってしまう。
「その子は――『アリス』は、リデル男爵家の当主だ! ナイトレイ伯爵家へ渡すわけにはいかない!!」
「そんなに家名が大切なら、あなたが継がれてはいかがです? 俺は必ずやアリスを幸せにしてみせますよ。誰よりも大切に思っていますから」
「誰よりも? ちがうな。わたしより『アリス』を大切にできる者はいない!」
ベアは立ち上がった。
その姿は、まるで焦点の合わないレンズで覗いたようにぼやける。
膨張するようにむくむくと大きくなる体。
彼を人間だと疑わない者には、にわかに信じられない光景。
しかし、予想していた私は、すこしも動揺せずにいた。
リデル邸に烙印をほどこして、『アリス』を見守ってきた悪魔のことだ。
もしも私が結婚で名実ともに家を出ようとしたなら、とり乱して正体を現すと思っていた。そのために、ダークと形だけの婚約をしたのだ。
一方、ベアに懐いていた双子は、変わっていく彼をぼう然と見上げている。
「「ベア……?」」




