四話 女王のさしがね
リーズの声に視線を戻すと、灰の下に一枚の封筒があった。
私が「こんなのあったかしら?」と何気なくひっくり返すと、押された封蝋が目にとまった。
ライオンとユニコーンに両側を守られた盾の紋章。
それは、大英帝国の支配者ヴィクトリア女王のものだ。
「招待状ではないから焼け残ったのね。これは女王陛下からの手紙だわ」
すると、ジャックとリーズ、双子が、私の周りに集まってきた。
ペーパーナイフで封を開ける。
引き出した便箋には、流麗な文字でこう綴られていた。
『こんにちは、かわいい子羊ちゃんたち。さっそく例の放火犯を懲らしめてくれたと聞きました。あなたたちは働きものね。城のメイドにも見習わせたいくらいだわ――』
「アリス、なんて書いてあるの?」
「女王さまは、なんておっしゃってるの?」
文字が読めない双子に、私は噛み砕いて説明する。
「女王陛下は、ダムとディーがとても働き者なので助かっているそうよ」
「「わーいっ!」」
双子は飛びあがってハイタッチした。
『ここからは、わたしの心の友であるアリスにだけ、大切なお話です。一人で読んでね』
文面を追っていたジャックは、顔を曇らせた。
「お嬢だけにって、どんな伝令だ?」
「伝令ではないわ。文通でする女子会みたいなものよ!」
女王は、たまにこうして『アリス』だけに追伸を書いてくれるのだ。
ジャックに見られまいと便箋を後ろに回す私に、リーズが抱きついてきた。
「女子会に、アタシも入りたいわー」
「てめえは女子じゃねえだろう。あと、どさくさに紛れてお嬢にくっついてんじゃねえ!」
リーズの頭を、ジャックが銀のお盆で叩く。
すごい音がしたが、いつものことなので無視した。
席を立った私は、窓に背をつけて便箋に視線を落とした。
『アリス、あなたのおかげで英国民は安心して眠れるようになりました。感謝の気持ちとして、英国警察がロンドン塔放火犯の情報提供者への報償金として用意していたお金を、リデル男爵家に渡るように都合したわ』
女王は、リデル男爵家の暗躍を密かに認めている。
どんな手段であれ、国の平和が保たれれば、統治への不満が抑えられるからだ。
表彰こそしないものの、事件の解決で宙に浮いた予算がリデル男爵家に入るように手を回してくれる。
父の遺産のほとんどを家を復興するときに使ってしまったので節約の日々だが、貧乏貴族に落ちずにすんでいるのは、ひとえに女王の加護があるおかげだ。
女王の手紙はつづく。
『感謝しているわ、アリス。あなたはとても強い女性よ。けれど、貴族令嬢が一人で生きていくのは、この国では困難なことよ。いつか女性だけでも強く生きられる時代が来るでしょうけれど、今はその時ではないの。だから、わたしはあなたにぴったりの男性を、たくさん見つくろったわ』
「はい?」
予想もしない内容に、私はすっとんきょうな声を出した。
『彼らには話を通しているから、今頃あなたのところには夜会の招待状がわんさか届いているでしょう。どなたでも選びたい放題よ。楽しんでね』




