四話 死亡フラグは暗転直下
ダークの好感度を上げたことにより、さっそく死亡フラグが立ったらしい。
おののく私の肩に手を置いて、ダークは立ち上がった。
ヒスイは彼に、ポールにかけてあったジャケットとコートを手早く着つけていく。
「カレイさんがあしどめ。いまのうちに、デテイケー」
「了解した。じいやにはあとで臨時給を出そう。俺はしばらく留守にするよ」
「イッテラッシャイマセ」
ヒスイが胸に手をあてる。と同時に、廊下でドタドタと何人もの足元がした。
私は、ダークに腕を引かれて歩きだす。
「廊下には出られないわ。どうするの?」
「緊急脱出しよう」
ダークが向かう先には、革張りの大きな図鑑がつめこまれた、重厚そうな書棚があった。
「ま、待って。それは本棚よ?」
私は叫ぶが、ダークは立ち止まるどころか、一層スピードを上げた。
――ぶつかる!
衝撃に備えてきゅっと目をつぶった私は、抱きとめられてつんのめった爪先が、壇上のプリマドンナのように一回転するのを感じた。
頬をそよりと冷たい風に撫でられて目を開けると、先ほどいたのとは別の部屋へ躍り出ていた。
「ええっ?」
驚いて振り返ると、書棚がくるりと回転して戻るところだった。
「仕掛け扉……!」
「そんなに驚いてもらえると、作ったかいがあるな。流行の騙し絵だよ。隠し部屋への扉に、背表紙を描いた革を張って、書棚をよそおっているんだ。それにニンジャ風の仕掛けを施したのは、俺のアイデアだけどね」
ダークが自画自賛した直後、もといた部屋に多数の足音が駆けこんだ。
『神妙にしろ、ナイトレイ伯爵! 眠り姫事件の重要参考人として――って、いないじゃないか!』
回転扉の隙間からそっと覗くと、部屋に突入してきたのは、ダークから取り調べを受けていた若い警察官だった。他にも数名の警官がいる。
彼らは、部屋にダークがいないと分かると、残されていたヒスイを問い詰めた。
『おい、きみ。伯爵はどこへ行ったのかね?』
すると、ヒスイは腕を交差させてバツを作った。
『オーマイゴウっ。ワタシ、英語ノーノー!』
「ヒスイ殿……!」
自分の使い所を理解した、すばらしいオーバーアクションに、私は泣きそうになってしまった。
「……あとで、ヒスイにも臨時給を出そう」
扉から顔を離したダークは、床の跳ねあげ戸を開いて手招きした。
「この下に抜け道があるんだ」
近づいていくと、闇一色の階下が見えた。ぽっかり空いた四角い空間から、黒い腕が伸びて引きずり込まれそうだ。
「暗いわね」
「怖いかい?」
「……迷っている暇はないでしょう」
警察に見つかれば、ダークは捕らわれてしまうだろう。重要参考人ともなれば、武器を携帯しないように派手な衣装の着用は認められない。
もしも影の角に気付かれて、悪魔だと大騒ぎされたら、爵位を奪われるどころか、普通の生活さえ営めなくなってしまう。
「行きましょう、ダーク。ここでないなら、どこでもいいわ」
「ワンダーランドへお連れしますよ、麗しきレディ、お手を拝借しても?」
ダークが差しだした手に、私は指を揃えた手を重ねる。
「お手柔らかに頼むわ」
「承知しました」
そう言うなり、ダークは大きな手の平で私の口をふさいだ。
私は、驚いて「ふごっ」とうめくが、容赦なく空いた脱出口へ飛びこんでいく。
――落ちるっ!
私は、悲鳴を堪えながら、ぽっかり空いた穴のなかを、真っ逆さまに落ちていった。




