三話 不思議の国へごしょうたい
「……俺も、会いたかったよ」
ダークは頬を赤らめながら答えた。
それを見て、私は『ん?』と思う。
(今、ダークの好感度を上げてしまったような気がする!)
それはまずい。相手は悪魔だ。
しかも、何が起きるかアンノウンな裏ルートの持ち主だ。
ダークと恋人になろうものなら、私はあっとう間に死んでしまうだろう。
死にゲーオブザイヤーは伊達じゃない!
青くなる私に、ダークはやれやれと語る。
「落とし物をしていたとは不覚だ。俺は、ヒスイから君が怪我をしたと聞いて、様子を見にリデル男爵邸へ行ったんだ。目立たないように、窓際で帽子を外したのが敗因だったようだね。容赦なく撃たれてしまったし……」
ダークは、ふと違和感を覚えた顔になった。
「そういえば君、俺だって分かっていたのに撃ったのかい?」
「弾は外しましたわよ?」
けろりと明かすと、ダークは、「そういう問題じゃない」と気色ばむ。
「撃たなくてもよかったじゃないか」
「撃たれたくなかったら、正面から訪ねていらっしゃったらよかったのよ。窓からこそこそとロメオ気分で来られると、迷惑ですわ」
「……大人しいレディに成長したかと思ったら、昔のままだね。アリス」
ダークがはにかんだので、私はむっとした。
「あの頃より、貴族令嬢としての礼儀作法は身に着けたつもりよ。呼び名は『ウサギ』と『ダーク』、どちらがお好き?」
「世間体も考えて『ダーク』でお願いするよ。それにしても……。俺、大胆な子はわりと好きなんだけど、手を出していいものか悩むな」
「はいっ!?」
私が目を白黒させると、ダークは顎に手をかけて思案する。
「女性に乗られる経験って、あまりないものだよ。こんなにアピールしてくれてるのに、何もしないんじゃ甲斐性なしだ。けれど、花嫁に迎える大切な女性の純潔を、神に誓い合うまえに奪っていいものか……」
「じ、じゅ、純潔!?」
この男、いったい何を言い出すんだろうと、私はわなわな震えた。
「勘違いしないで! あなたと私は許婚でもなんでもありません。ただの『ともだち』なんだから変な想像をされては困ります!!」
「あれ? 友達は、いないんじゃなかったっけ?」
「!」
意地悪く笑われて、私は絶句した。
ダークは、困りげに肩をすくめる。
「君に『ともだちいない』発言をされたときは、結構ショックだったよ。おかげで、胸にぽっかり穴が開いてしまった。これは、友好の証しにキスでもしてもらわないと塞がれないな」
私は、ダークに腕をつかまれた。
背に回る手は力強く、まっすぐに見つめてくる瞳は、熱にうるんでいる。
「君が嫌でないなら」
「嫌だと言ってもするくせに」
可愛くないことを言いながら、私はそっと目を閉じた。
もしも心を覗かれても、恋しさくらいしか見えないから――。
「あと、スコシ」
唇が触れ合う寸前、耳元でたどたどしい声がした。
キスを中断して声の方を見れば、大机に前のめりになって、熱心にこちらを見つめるヒスイがいた。
「ひ、ヒスイ殿、いつからそこに?」
「サッキ? つづき、ドーゾ」
「そう言われても……困りますわ」
恥ずかしさがこみあげてダークの膝から下りると、彼はがっかりした顔で従者をたしなめた。
「ヒスイ。こういうときは、空気を読んで下がりたまえよ……」
「イヤ。モッタイナイ」
「その精神は褒めたいところだが、仕事はどうしたんだい?」
すると、ヒスイははたと思い出した顔で、両手をパンと合わせた。
「ソウダッタ。ワタシ、知らせにきた。なにかキタ」
「――招かれざる客か」




