二話 彼が過剰装飾《きかざ》る理由
急転した会話に、ダークの表情が強張った。
心当たりがある様子だったので、私は内心で笑う。
ようやく彼の隙を見つけられた。
「あなたは着道楽として有名で、衣服には装飾が多いわ。技巧的で素敵なセンスだけれど、飾りが多すぎるからパーツを落としても気づかないのよ」
私は、悠々と机を回りながら、指先で拾ったピンを転がす。
「あなたの衣装は、高級紳士服店が軒をつらねるサヴィルロウ・ストリートのなかで、最も人気のある仕立て屋『ループ・ヘンリー』のものね。ジャックが脱がせかけたフロックコートの内側に、ラベルが見えたわ」
昨日ピンを拾った私は、すぐにその仕立て屋をたずねた。
落とし主を探していると言うと、ミドルヘアを撫でつけた品のよい主人は、それがナイトレイ伯爵の注文品に施したピンだと話してくれた。
「ご主人は、顧客のなかでもナイトレイ伯爵の依頼は、特に気が抜けないとおっしゃっていたわ。あなた、いつも同じ注文をつけるそうね。技巧を凝らした帽子を持ちこんで、『この帽子のデザインにあった衣装を仕立てるように』と」
「……俺の帽子はすべて、後援になっている職人の作品なんだ。彼の作りだす素晴らしい世界観を壊したくなくて、衣装の方を合わせているのさ。それがなにか?」
ダークは、決して言葉に動揺をみせない。
いつもの私なら丸め込まれてしまうだろうけれど、今回ばかりは確証がある。
私は、帽子のリボン飾りを指でゆっくりとなぞった。
「あなたの帽子は、大きなリボンや花かざりで輪郭が大仰になっているわ。重たいのを我慢してまで、装飾する理由は……これよっ!」
「!?」
今までの鬱憤をこめて思いきり帽子を押すと、目元まで覆われたダークの肩が勢いよくはねた。
私は、カーテンを開けて太陽の光を部屋に入れてからダークの膝に座る。
帽子の根元にピンブローチを差して、ふうと吹いた。
「こうすれば、帽子の影が大きく歪になって、おおもとの影にある異常を隠せるから」
強い朝日が、デスク上にダークの影を落とす。帽子の装飾にそってデコボコしていたそれは、私が帽子を取り去ると、彼のほんとうの姿を映しだした。
影の頭部から、ウサギ耳のような二本の角が伸びている。
ダークの正体が、悪魔である証拠だ。
「過剰装飾な帽子は、隠すことのできない悪魔の角を紛れさせるためのカモフラージュ。あなたの派手な衣装は、帽子の飾りが浮くのを隠すため。着道楽ということにしておけば、誰もごてごてした飾りに疑問は持たないものね」
「まいったな……。きみは本当に聡明だ」
すっかり観念したらしいダークは、乾いた笑みで私を讃える。
「角のかくし方は、悪魔に詳しいリデル男爵が教えてくれたんだ。俺は、それを身につけるために君の家に身を寄せていたんだよ。けれど、見た目から消えても影には映るようでね。俺が社交界に出るには、この方法しかなかったのさ。滑稽だろう。笑ってくれてかまわないよ」
「滑稽だとは思わないわ。シーツを被って隠れていたかったでしょうに、それに負けずに表に出たあなたは立派よ」
ダークの頬を両手で包む。微笑む私の顔が、青い瞳に映った。
「また会えて嬉しいわ。ウサギ」




