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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第四章 テコ入れ婚約者にご用心

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七話 二枚の脅迫状

 アリス――私が話しはじめると、ロココ風の家具で統一された一室は静まり返った。

 ティエラに集められた令嬢たちは、固唾かたずを飲んでいる。


「初対面のティエラ様に握手を求められたのは私のほう。けれど、応じたら痛いと騒がれましたのよ。まるで私がわざと握りしめたように」

「本当に痛かったんだもの。悲鳴くらい上げますわ。それとも、アリス様は自分がどんな仕打ちをしようと、わたくしに耐えろとおっしゃるの? ひどいわ……」


 ティエラは、ぐすんと泣き真似をする。

 コルセットの下に忍ばせていたハンカチを取り出して、目元をぬぐう仕草をしているが、目に涙は浮かんでいなかった。


「アリス様がわたくしをイジメるのは、ナイトレイ伯爵さまに恋をしてらっしゃるからでしょう? 彼の婚約者であるわたくしが憎くて、脅迫状まで作ったって知っているんですからね!」


 ティエラが指差した床には、木箱に入れられていた脅迫文と、まったく同じ文面の紙が散らばっていた。

 メッセージくらい変えればいいのに、印刷料金をしぶったのだろう。

 せめて宛名を入れて刷っていたら、私に新たな手札を与えなかっただろうに。


 私が左の手の平を広げると、リーズが『ティエラに届けられた脅迫状』の一枚を拾い上げてのせた。


「奇遇ですわね。ティエラ様に送られたものと同じ文書を、私も受け取りましたのよ。こちらは、血にみえるように赤いインクで汚してありました」


 私は、右手に『自分宛の脅迫状』を掲げる。

 まったく同じ文面、印刷箇所の二枚を見て、ティエラの目元がひくついた。


「まったく同じ文書が作れるなんて、活版印刷は便利ですわね。それにしても……ティエラ様の方は、ずいぶんと綺麗だわ。まるで、今日まで誰にも見つからないように、机の奥にでもしまっていたかのよう」

「そ、そんなことはありません!」


 図星だったらしく、ティエラは足で文書を踏みつけた。


「わたくしのところに届いたのも、たくさん汚れていましたわよ!」

「私の目には、今あなたが踏んだ靴の跡しか見えませんが?」

「あなたの目は節穴ですわね! よくご覧なさい!!」


 ティエラは、床に這いつくばるようにして、散らばった脅迫状をつかみ上げると、私の顔に投げつけた。

 リーズが身をていして庇ってくれたので私には触れなかったが、ティエラのみっともない行動を目にした令嬢たちの好感度はみるみる下がっていく。

 メーターが見えていたら、今頃は警戒域レッドゾーンすれすれだろう。


「皆さん、アリスさまの言葉になんて耳を貸さなくてよろしくてよ! 伯爵さまに愛されるわたくしに嫉妬して、嫌がらせしているんだわ!!」

「愛されているって、どんな風にですの?」

「わからないの!? わたくしのお話を熱心に聞いてくださったり、つまづいたら支えてくださったりよ!!」


 ティエラの主張を、周りの令嬢たちが不審がった。


「あの……。わたくし、ナイトレイ伯爵様には夜会でお会いしたことがありますけれど、どんな方のお話でも熱心に聞いてくださる方ですわよね」

「ええ。わたくしなんて、下ろしたてのヒールで靴擦れを起こしたとき、椅子まで運んでもらいましたわよ。お医者様の手配までしてくださったので、父が感謝しておりました」

「伯爵様は、紳士的でお優しいと有名ですわよね。わたくしも――」


 令嬢たちは、つぎつぎと『ナイトレイ伯爵との親交エピソード』を披露していく。

ダークは誰にでも親切なので、こういった話題にはことかかないのだ。


 ティエラは愛らしい顔に焦りを浮かべている。

 私は、披露会が十二分に温まったのを見計らって、彼女に憐れみの視線を向けた。


「私も、ここにお集まりのご令嬢も、ナイトレイ伯爵様からレディ扱いをされた経験がありますわ。ティエラ様、あなたは元からお優しい伯爵様のふるまいを、自分に恋をしているのだと勘違いして、婚約者だと名乗っているのではなくて?」


「ちっ、違うわよ! お父様が縁談をまとめるとおっしゃっていたもの!!」

「これから? ということは、まだ伯爵は婚約に応じていないのに、新聞の記事にすることを許したのですわね。貴族にスキャンダルはご法度ですのに……」

「スキャンダルなんかじゃないわ! 相手はわたくしなのよ!? 男はみんな喜ぶに決まっているでしょう!!!!」


 ティエラは、握りしめた羽根扇を振り回して主張する。

 

「だって、わたくしはここにいる誰よりも可愛いもの。身分だけ高い不細工ブスより、わたくしと結婚したがるに決まっているじゃないの!」


 ティエラが本音を明かすと、令嬢たちの気がザワリと逆立った。


(本当に愚かね……)


 集められているのは、ティエラの父では太刀打ちできないような家柄の令嬢ばかり。

 そんな中で、ティエラは自分の方が優れていると言い切ったのだ。反感を買うに決まっている。


「ティエラ様は、ご自分の容姿に自信をお持ちなのね。ですが、《《敵に回してはならない人々》》には無関心のようだわ。私からご忠告申し上げます。ここで過ちを認めてくだされば、私に脅迫状を送ったことも、令嬢たちを下に見たことも水に流してあげてもよくてよ?」

「はっ。なによ、偉そうに! あなた、イーストエンドで孤児暮らしをしていたんでしょう。そんな汚らわしい人の命令なんて、誰が聞くって言うのかしら!」

「汚らわしい? いま、私を汚らわしいとおしゃった? ……ふふふ、」


 お腹の底からせり上がる愉悦に、私はにいっと唇を引いた。

 自分からは見えない。けれど、きっと今の表情は、今まで見たどのスチルよりも悪役らしい笑みを浮かべているだろう。


「証拠を出さないのは、私からあなたへの温情ですわよ。今一度、忠告してさしあげる。ここで罪を認めなさい」

「カマをかけようたって騙されないんだから! わたくしのお父様は警察署長よ。それに、わたくしは熱狂的なファンがたくさんついている少女探偵だわ。あなたが何て言おうと、わたくしとお父様の言ったことが真実になるのよ!!」


 ティエラは、傲慢ごうまんな考え方を改める気はないようだ。

 私は、肩をすくめて出入り口を振り返った。


「そういうわけだから、入ってきてくださる?」

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