九話 眠り姫が目覚めたら
私は、ジャックから外出の許可を得たというダークに連れられて、初めて見る教会にやってきていた。
馬車から降りてすぐ、花を手にした紳士と淑女が並んでいるのが目に入る。
もうすぐ新郎と新婦が教会の外に出てくるようだ。
「結婚式……?」
なぜこんな場所にとダークを見上げると、彼は「見てて」と前を向く。
純白のウエディングドレスを身につけ、顔よりも大きなウェディングブーケを手に現れた花嫁は、見覚えのある少女だった。
「あれは、マデリーン嬢だわ」
薔薇の悪魔が起こした眠り姫事件で被害者になった、サイラント家のマデリーン。
私をいじめたせいで悪魔に目をつけられた彼女だけど、私の『能力解除』の力で無事に目覚めさせてあげた。
マデリーンは髪を撫でつけた花婿と笑い合いながら、参加者が撒く花びらのシャワーの中を歩いてくる。
美しい姿に見とれる私の手を、ダークはそっと握ってきた。
「彼女が花嫁になれたのは、君が懸命に犯人を追って、事件を解決に導いたおかげだ。彼女の笑顔を守ったのは君なんだよ、アリス」
だから、もっと自分を誇ってほしい。
ダークの優しい瞳が、強い声が、固く閉じていた私の心に触れた。
無実の人を断罪したかもしれない不安で強張っていた体が緩んで、じわっと涙が浮かんでくる。
「わ、私は、」
祝い事のそばでみっともなく泣きたくない。
それなのに涙をこらえきれない。
「私は、酷い間違いを犯したかもしれないのよ。リデル一家を率いる資格はないわ!」
恋に落ちて、誰かを頼ることを覚えて、私はすっかり泣き虫になってしまった。
わんわん泣きだした私に、ダークはしっとりした声で言い聞かせてくる。
「君は何も間違っていない。ジャック君が言っていたんだ。君がそうと決めたなら、それが真実だと。これまでの当主も同じようにしてきたはずだよ」
「お父様も、お爺様も、お間違えにはならなかったわ」
「間違いだと指摘できる人がいなかったのでは?」
青い瞳で指摘されて、私の涙が止まった。
言われてみれば、そんな人はいなかった。
リデル男爵家の当主は、一家の絶対的な王であり指針だ。
それに異を唱えた者は次の日には家からいなくなっていた、ような気がする。
幼い頃の記憶だが、その者の名前を口に出すとメアリに叱られた。
「いなかった、かもしれないわ」
「そうだろうね。何もリデル男爵家に限った話ではない」
どの貴族の家でも行われていることだと、ダークは続ける。
「当主になるということは、自分がどんな選択をしても、それを正解にする覚悟を持つということだ。間違いに怯えて判断を迷っている間に悪が栄えては意味がないからね。アリスのお父様やお爺様はその覚悟をもって、正解だと信じる選択をし続けたんだろう」
ダークの話を聞きながら、それはなんて難しいことかしらと思った。
人生は、たとえ選択肢が表示されなくても分岐点がたくさんある。
人は命が続く限り思い悩み、こちらが正解だと思う方を選んで進み、後悔したり感動したり、その繰り返した。
「まるで、乙女ゲームみたいだわ……」




