七話 無用の断罪
老女優は役者を辞めて、高級志向のレストランをつくった。
上流階級のお客を相手にするため、美しい青年をサーブ係として雇い入れ、たんまりと給金を与えて可愛がった。
恋人扱いに嫌気がさして店を辞める素振りを見せたら、ウミガメもどきのスープで命を奪う。
防腐効果のあるパリスグリーンで染め上げた布でくるんで寒い地下室に並べれば、彼らはいつまでも老女優のそばにいてくれる。
「料理長も共犯ということか……」
聡明なダークは、老女優ひとりでは犯行が難しいと見抜いた。
私は深く頷いて、「多額のお金をもらって犯行に及んでいたようよ」と教える。
「司法解剖を受けたリーズは警察の遺体安置室へ寝かされたわ。検案書を見るために私とジャックは隣の解剖室にいた。ストレッチャーが倒れる音がして、急いで安置室へ向かったら、死んでいたはずのリーズが起き上がっていたの」
警察は大騒ぎになった。
解剖された後で息を吹き返した人間がそういるわけがない。
私とジャックは、リーズが悪魔の手で蘇ったのだと悟った。
メイベル氏にお願いしてリーズに面会させてもらった私は、舌に薔薇の烙印が押されているのを確認してリデル一家に引き取った。
「当時は運命を感じたのだけれど、それも薔薇の悪魔の思惑通りだったのよね……」
ベアのことを思い出すと切ない気持ちになる。
ネガティブに傾く私の背に腕を回して、ダークは遊歩道にステッキを強めについた。
「リーズ君がリデル男爵家に来るまでには、そんな経緯があったんだね。老女優の毒レストラン事件は、行方不明になった美青年の件も含めてめでたく解決した。ということは、ハンプティ卿が殺されたのは模倣犯の仕業だ」
「いえ、真犯人という可能性もあるわ」
一連の事件は解決したが、ひとつだけ分からなかったことがある。
老女優はどうやってリーズの遺体を地下室へ運んだのか。
彼女は小柄で足腰も弱く、一人で成人男性を運ぶのは不可能だ。
警察は、錯乱した彼女が馬鹿力を出したのだろうと結論づけたが、もしもその推理が外れていて実行犯が別にいたとしたら。
取り逃がした真犯人は、今ものうのうと暮らしている。
「私は、年齢を考慮して一時保釈された老女優を断罪したの。そうしなさいと女王陛下が思し召しだったからよ。もしも冤罪だったとしたら――」
劇場を追われ、やっと自分の店を持てた何の罪もない老人を、地獄に送ってしまったということになる。
(私は無実の人を殺してしまったの?)
罪のない命を奪ったら、それは無差別殺人と同じではないか。
落ち込む私を、ダークは両手で支えてくれた。
「馬車まで連れていくよ」
そのままナイトレイ伯爵家の馬車まで移動する。その最中も、馬を走らせてリデル男爵家にたどり着くまでも、ダークは黙っていた。
口から生まれてきたような彼が言葉少ないのは珍しい。
(ダークも、真犯人の仕業を疑っているってことよね)
車内の静けさに打ちのめされた私は、その晩は何も口に出来なかった。




