六話 お茶会は雨でもつづく
ダークを温室へ案内した私は、広がる光景にあ然とした。
「いったい、なにがあったの……?」
長テーブルの上は、しっちゃかめっちゃかだった。
大小さまざまな皿に、スコーンやケーキが無秩序に盛りつけてある。
ミルクピッチャーからはナイフとフォークが突きだしていて、台所にあるはずの鍋の蓋には、角砂糖が絶妙なバランスで積みあがっている。
ティーポットに被せてあるのは、使い古したミトンだ。
ちぐはぐなお茶会で持てなされているのは、伯爵家に仕えるヒスイだった。彼は、大量のカップケーキを前にして、両脇をダムとディーに挟まれている。
ご機嫌な双子は私に気づくと、フォークを握った手を高くあげた。
「「おかえり、僕らのアリスっ」」
「ただいま、ダム、ディー。なぜダークの従者さんとお茶をしているの?」
「ぼくらとヒスイちゃんはね、むかしの友達なの」
「ぼくらは決闘窟で、なんどもやり合ったんだよ」
トゥイードルズは、かつて奴隷戦士として働いていた過去がある。
そこでは、観客が戦士の勝敗や生死にお金を賭けるのだという。
双子と戦ったということは、ヒスイも戦士だったのだ。
悪魔から『烙印』を受けているということは、そこで命を落としたのだろう。
私は、彼を正式な客人として迎えようと決めて、スカートを持ち上げて片足を引いた。
「よく参られました、ヒスイ殿。わたくしは、リデル男爵家、当主のアリスです」
「ドウモ、ヨロシク。あなたも『悪魔の子』?」
私は淡い色の瞳を見返して微笑んだ。
この家にいる以上、答える必要はないと思った。
ヒスイは、鼻をくんくんと動かして、不思議そうに首を傾げている。
そんな彼を、両手を腰にあてたダークが叱りつけた。
「こら、ヒスイ。俺のボディーガードをサボってはいけないだろう?」
「ゴシュジンさま……。あの男から、双子のにおいがしたから」
ヒスイは、テーブルの端で、つまらなそうに角砂糖の山を崩しているリーズを見た。
どこまでも自由奔放な従者に、ダークはやれやれと肩をすくめる。
「昔馴染みに会いに行くときは、せめて一言知らせていきなさい。きみが守ってくれると思って屋敷を出た俺は、リーズくんに尾行されっぱなしで、貴族が情報を交換する秘密サロンにも入れやしない。撒くのは頭を使ったよ」
「ダーク。あなた、まさか尾行を撒くために警察に入ったの?」
「おや? そうでもしないと、彼は離れなかっただろう?」
にんまりと嗤われて、私はしてやられたと思った。
ダークは、はじめから尾行をかく乱する目的で警察に入った。
取調室でのご高説は、ああすれば公務執行妨害などの前科がつかずに、迷惑者として追い出されると踏んでいたからだろう。
計算高く、度胸があり、賢明だ。
敵には回したくないタイプの邪魔者である。
(それじゃあ、『悪役アリスの恋人』での道化っぷりは何だったのかしら?)
それがなければ、私だってここまで油断はしていなかった。
人気キャラが続編で有能に書き換えられるセオリーは、乙女ゲームにはないはずだが……。
私が考え込んでいると、ティーセットワゴンを押すジャックが温室に入ってきた。
彼は、双子とヒスイの真向かいにあたる椅子を引く。
「いつまでもうぜえ立ち話をしてんな。伯爵は、ここに座れ。今日は料理上手がいないから、冷めたスコーンで持てなしてやる。紅茶だけは温かいのを淹れてやるから、せいぜい美味しく食らいやがれ」
席についたダークは、乱暴にカップへと注がれたお茶を見て、覇気のない歓声をあげた。
「わあー。とっても、おいしそうだなぁ」
「棒読みされると、すげえムカつく。それと、そこの水野郎!」
「ミズ……ワタシのこと?」
自分を指さしすヒスイに、ジャックはずんずんと近づいた。
「そうだ。このあいだは競り負けたが、次はぜったいに負けない。今日はトゥイードルズに免じて休戦だ。伯爵のお守はだるいし大変だろう。ゆっくり寛いでいけ」
ジャックは、ダークに注いだときとは打って変わって、丁寧に淹れた紅茶をヒスイに出した。
そして、焼き菓子をつめたライ麦籠をワゴンから持ち上げた。
「これは今朝、オレが焼いたオレンジビスキュイ。双子、味見だ。口開けろ」
「「はーい」」
大きく開いた二つの口に、きつね色の焼き菓子を一枚ずつ放りこんだジャックは、残りをヒスイの前にどんと出した。
主賓扱いに慣れていないヒスイは、おそるおそるといった様子でビスキュイを一枚かじる。
「ん。カリカリ、おいしい」
「そうか。お嬢も座れ、お茶にしよう」
「ええ……」
私は、当主席に着いて、賑やかな長テーブルを見回す。
いつになく楽しげなトゥイードルズと、頬を染めてお菓子を食べるヒスイ。
彼らを愛おしげに見つめていたダークは、急に胸を押さえて「はっ」と我に返った。
「心がほっこりする。これが父性かっ!」
「勝手に家族認定なさらないで。迷惑ですわ」
私がきっぱり告げると、ダークは「アリスは手厳しいな」と笑ってカップに口を付けた。
ライバルの根城で、毒見をする素振りさえない。私たちが卑怯な手を使わないと信じているのだろう。
(ほんとうに、憎たらしい人……)
歯がゆい思いをしながら、私は焼き過ぎたビスキュイに歯をたてた。
結局、日が落ちる時間になっても雨はやまなかった。
奇妙なお茶会は、父性のおもむくままに双子へ養子縁組を申しこむダークを、お菓子で買収したヒスイに引っ張って連れて帰ってもらうまで、延々と続いたのだった。




