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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第二章 ウミガメもどきの怪事件

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六話 エメラルド色の誘惑

 料理長はロリーナを口説いていたが、彼女はリーズに夢中だった。

 リーズを逆恨みした料理長は、彼に与えるまかないのスープにパリスグリーンを混ぜ、店をイーディスに任せて一時帰宅した。アリバイを作るためだった。


 しかし、リーズはその日、仕事を休んでしまった。

 料理補佐になって日が浅かったイーディスは、客に出すスープとまかないの鍋を間違えた。


 リーズなら客に出すスープの色がいつもと違うことに気づいて対処しただろう。

 ロリーナはメニューが変更されたと思い込んで確認をせずに提供し、犠牲者が出た。


「毒スープを作ったのが料理長、それを客の皿に盛ったのがメイベル氏の娘、客に配膳してしまったのが料理長の想い人か……。リーズ君は命拾いしたように聞こえるが、彼は死んで悪魔の子になっているね」


「リーズは毒スープの件が解決した後に殺されたの。オーナーの老女優によってね」


 このレストランのサーブ係は美しい青年ばかりだった。

 リーズの前に七人の美形がいたが、三カ月もすると行方をくらます。


 実は、私とジャックが調べていたのはこちらの件だった。

 毒スープで死者が出て警察が介入してからは、メイベル氏とたびたび現場で顔を合わせるようになる。


「警察は、三人を捕えた後で料理長にパリスグリーンの入手元を吐かせようとしたわ」


 パリスグリーンはオーナーの老女優の持ち物だった。

 彼女は、レストランには似つかわしくないこの合成染料を大量に購入していたのだ。


「老女優は、舞台に上がっていた頃、パリスグリーンで染めた衣装を愛用していたの。自分が一番美しく見える色だと言って。中毒症状が知られるようになって服の染料として使われなくなると同時期に、彼女の人気は急落したらしいわ。そのせいでパリスグリーンに執着するようになったようよ。これさえあれば、自分は元の輝きを取り戻せると」


 料理長がオーナーの異常性を証言した直後、リーズが姿を消した。

 メイベルと一緒にレストラン地下に突入した結果、行方不明の青年たちがエメラルド色の布に包まれた状態で見つかった。


 その中にはリーズもいた。

 もっとも新鮮な遺体として。


「リーズの胃のなかには、ウミガメもどきのスープが詰め込まれていたの。ヒ素化合物のパリスグリーンには防腐効果があるから無理やり流し込まれたようね。老女優は逮捕されて、愛した男に置いて行かれるのに耐えられなくて殺したと証言しているわ」


 若い頃の老女優はひっきりなしに男性に口説かれていた。

 しかし、年齢を重ねて髪や肌に老いが透けて見えるようになると、彼らは彼女を捨てて若い女優の方に移っていった。


 パリスグリーンの有害性が広まったのもその頃だ。


 彼女の人気が落ちたのは、エメラルド色の衣装をまとえなくなったからではない。

 女優としての旬が過ぎたからである。

 しかし、彼女はそれを受け入れられなかった。


 重要な役を若い女優に取って代わられ、かつて自分目当ての客で埋め尽くされた劇場を名もない端役でながめるみじめさを味わった老女優は心を病んだ。


 誰にも愛されない悲しみと、役立たずになる恐怖。

 心を闇に蝕まれていった彼女は、ある日、暗いひらめきを覚えた。


 置き去りにされる前に自由を奪って、自分から離れられなくすればいいのだ。

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