五話 老女優の毒レストラン事件
彼との出会いは、私がリデル男爵家を復活させ、ジャックと二人で裏家業を始めたばかりの頃。
ロンドンを震撼させた『老女優の毒レストラン事件』の捜査をしていた時だった。
事件の担当刑事が目の前のメイベル氏だ。
旧友に会ったような懐かしさがこみあげて、私は彼に駆け寄った。
「メイベルさん、お久しぶりですね。毒レストラン事件の後、しばらくして警察をお辞めになったと聞いていました」
「自分の娘がああなっては、さすがに居づらくて……。今は大衆紙の記者をしていますよ。アリス様の方はご婚約おめでとうございます」
落ちくぼんだ目を伏せて微笑んだメイベルは、ダークを眩しそうに見上げる。
「幸せなお二人に聞かせるような話ではないでしょうが、元刑事の勘が引っかかりましてね……。ハンプティ卿が毒殺されたレストランは、前の毒レストラン事件とまったく同じ場所、同じ『ウミガメもどきのスープ』を使った犯行だそうです」
「同じ場所で同じ料理が出されたんですか?」
私はダークと顔を見合わせた。
まだ記憶に新しい事件だとはいえ、故意でなければここまで似ないはずだ。
「きっと模倣犯だわ。卿を殺した犯人を捕まえないと」
「それを止めに来たんですよ」
メイベルは渋い顔で勇み足になる私を制した。
「婚約者がいる身で、当時のような無鉄砲をなさってはいけない。ハンプティ卿の事件には首を突っ込まず、これからの幸せを大事にしてください。それだけ伝えたかったんだ、私は……」
寂しげな微笑みを浮かべたメイベルは、表情を引き締めてダークに告げる。
「ナイトレイ伯爵、アリス様を守ってあげてください。この方には、私の娘のようになってほしくないので。それでは」
中折れ帽を片手で上げて、メイベルは去っていった。
会話に入れずにいたダークは、けげんそうな顔で私を振り返った。
「メイベル氏の娘さんは?」
「亡くなっているわ。実は、彼女は老女優の毒レストラン事件の容疑者だったの。拘留されている間に風邪をこじらせたのが長引いて、そのまま。実は、リーズもその一件で殺されて蘇ったのよ」
毒レストラン事件の舞台は、引退した舞台女優がオーナーのレストラン。
劇場が多数あるウエストエンドに店を構え、上品なもてなしと高級食材をふんだんに使った料理が評判で、上流階級の客も大勢いた。
ある日、常連客が毒に倒れた。
その日だけ、ウミガメのスープではなくウミガメもどきのスープが提供されて、その中にヒ素系の毒物であるパリスグリーンが混入していたのだ。
「容疑者は五人。オーナーの老女優、メニューを考えて作る料理長、料理補佐をしていたメイベル氏の娘イーディス、配膳係の美女ロリーナ。最後の一人が、サーブを担当していたリーズだったわ。捜査の過程で、ウミガメもどきのスープはまかない用に作られたもので、料理補佐として日が浅いイーディスが誤って皿に盛ったと判明したの」
「彼女が毒を?」
「いいえ。毒を入れたのは料理長だった。彼の狙いはリーズだったのよ」




