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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第二章 ウミガメもどきの怪事件

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五話 老女優の毒レストラン事件

 彼との出会いは、私がリデル男爵家を復活させ、ジャックと二人で裏家業を始めたばかりの頃。


 ロンドンを震撼させた『老女優の毒レストラン事件』の捜査をしていた時だった。

 事件の担当刑事が目の前のメイベル氏だ。


 旧友に会ったような懐かしさがこみあげて、私は彼に駆け寄った。


「メイベルさん、お久しぶりですね。毒レストラン事件の後、しばらくして警察をお辞めになったと聞いていました」

「自分の娘がああなっては、さすがに居づらくて……。今は大衆紙の記者をしていますよ。アリス様の方はご婚約おめでとうございます」


 落ちくぼんだ目を伏せて微笑んだメイベルは、ダークを眩しそうに見上げる。


「幸せなお二人に聞かせるような話ではないでしょうが、元刑事の勘が引っかかりましてね……。ハンプティ卿が毒殺されたレストランは、前の毒レストラン事件とまったく同じ場所、同じ『ウミガメもどきのスープ』を使った犯行だそうです」


「同じ場所で同じ料理が出されたんですか?」


 私はダークと顔を見合わせた。

 まだ記憶に新しい事件だとはいえ、故意でなければここまで似ないはずだ。


「きっと模倣犯だわ。卿を殺した犯人を捕まえないと」

「それを止めに来たんですよ」


 メイベルは渋い顔で勇み足になる私を制した。


「婚約者がいる身で、当時のような無鉄砲をなさってはいけない。ハンプティ卿の事件には首を突っ込まず、これからの幸せを大事にしてください。それだけ伝えたかったんだ、私は……」


 寂しげな微笑みを浮かべたメイベルは、表情を引き締めてダークに告げる。


「ナイトレイ伯爵、アリス様を守ってあげてください。この方には、私の娘のようになってほしくないので。それでは」


 中折れ帽を片手で上げて、メイベルは去っていった。

 会話に入れずにいたダークは、けげんそうな顔で私を振り返った。


「メイベル氏の娘さんは?」

「亡くなっているわ。実は、彼女は老女優の毒レストラン事件の容疑者だったの。拘留されている間に風邪をこじらせたのが長引いて、そのまま。実は、リーズもその一件で殺されて蘇ったのよ」


 毒レストラン事件の舞台は、引退した舞台女優がオーナーのレストラン。

 劇場が多数あるウエストエンドに店を構え、上品なもてなしと高級食材をふんだんに使った料理が評判で、上流階級の客も大勢いた。


 ある日、常連客が毒に倒れた。

 その日だけ、ウミガメのスープではなくウミガメもどきのスープが提供されて、その中にヒ素系の毒物であるパリスグリーンが混入していたのだ。


「容疑者は五人。オーナーの老女優、メニューを考えて作る料理長、料理補佐をしていたメイベル氏の娘イーディス、配膳係の美女ロリーナ。最後の一人が、サーブを担当していたリーズだったわ。捜査の過程で、ウミガメもどきのスープはまかない用に作られたもので、料理補佐として日が浅いイーディスが誤って皿に盛ったと判明したの」


「彼女が毒を?」

「いいえ。毒を入れたのは料理長だった。彼の狙いはリーズだったのよ」


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