四話 百合の葬儀
ロンドンではよくある曇りの日に、ハンプティ卿の葬儀が執り行われた。
喪服を着て集まった参列者は、白い百合の花を手に取って棺に近づき、お別れの挨拶をして花を供える。
卿と浅からぬ関係にあった私は、黒いクレープのドレスとチュールのついた帽子、黒手袋でベンチに腰かけ、自分の番を待っていた。
隣のダークも喪服だ。
喪章をつけたジャケットや帽子、手袋まで黒一色で装飾は一切ない。
パーティーのように過剰装飾が許されないのは当然だが、帽子を外して列席しているのには驚いた。平気かと尋ねると、教会は暗いから角の影が目立たないのだという。
私の番がやってきた。
百合の花を受け取って、のぞき窓が開いた棺に近づく。
ハンプティ卿の死に顔は安らかだった。毒で亡くなったとは思えない。
苦しまなかったのなら不幸中の幸いだ。
(ハンプティ卿、どうか安らかにお眠りください)
心から祈って棺に花を置く。
卿は善い人だったからきっと天国へ行くだろう。悪魔にともなわれての地獄堕ちが決まった『悪魔の子』とは違う。
続いてダークが花を手向ける。彼も卿に思い入れがあったのか、のぞき窓から卿の顔を見下ろして何事か語りかけていた。
「……卿はレストランで亡くなったそうですわ」
真横に座った夫人たちのひそひそ話が聞こえてきた。
「外食の最中に毒を盛られたとか」
「ロンドンも物騒になりましたわね」
自邸であれば、信用のおける料理人に作らせたり毒見を用意したりして毒に備えられるが、外出先では難しいこともある。
(あの卿が油断したとは思えないけれど……)
ダークが百合をそなえて棺を離れた。私は元いた席へ戻る。
最後に全員で祈りを捧げて葬儀は解散になった。
卿の遺体は領地へと運ばれて、ハンプティ家代々の霊廟に葬られる。
ダークと共に教会の外に出て、気晴らしに歩こうと道路に出る。
十メートルも進まないうちに、私たちの行く手にトレンチコートの中年男性が立ちはだかった。
「リデル男爵家のアリス様ですね」
「……どちら様でしょう?」
答えながら、私はワンピースの下に隠した拳銃に触れた。
リデル一家を恨む者の襲撃だと思ったのだ。
「失礼ですが、名前を聞いても?」
ダークが問いかけると、男性は無精ひげを撫でで苦笑した。
「こんな姿じゃ警戒されても仕方ないか。前に会った時は刑事で、もう少し人前に出られる格好だったんですがね。今ではすっかりくたびれました」
「前は刑事……あっ!」
男性をよくよく観察した私は、とある人物を思い出した。
(リーズルートの重要人物、メイベル刑事じゃないの!)




