一話 悪魔のいる都市ロンドン
「ここで見つかるわけがないわよね……」
私は、公文書館の扉から陽の照った表に出た。
事件を捜査する時は真夜中に忍び込むが、今日はリデル男爵家の血を受け継ぐ男性がいないか調べるという大義名分があるので、正面玄関から堂々と出入りする。
後ろからついてきたジャックは、家を再興した時の調査書の写しをながめる。
「リデル男爵家から他に嫁いでいった娘はいるが、その子どもか孫の代で必ず死に絶えてるな。たぶん、うちを恨んでる連中にやられたか、裏家業のことを漏らすかして始末されたんだろう。イタリアンマフィアの家系にもリデルの血が混じっているという噂があるが、連絡を取ったら否定された」
「マフィアは純血を重んじると聞いたことがあるわ。それに、該当する人間がいてもベア叔父様が処分しているんじゃないかしら。私が女王陛下のもとで身元を確認されていた数週間、叔父様が海外へ出ていたことがあるわ。急だったのでおかしいと思ったのよ」
「ってことは、やはりお嬢以外にリデル男爵家を継げる人間はいないか……」
ジャックはがっかりした顔で調査書を丸めた。
一縷の望みをかけたが、ないものはないのだからしょうがない。
「念のため、各地にある拠点の管理者にも調べてもらいましょう」
敬礼する兵の前を通り過ぎ、私たちは街へ繰り出した。
長い冬を超え、すれ違う人々に明るさが戻ってきた気がする。
寒いと肌がつっぱるし、体力を奪われるし、表情が凍りつくものね。
等間隔で植えられた並木の緑も濃くなってきた。まだコートが必要な気温とはいえ、確実に陽の当たり方は強くなってきている。
春はもうすぐ。そう思うと、私の足取りも心なしか軽やかだ。
通りで馬車を頼んでリデル男爵家に向かう。
車内でジャックが用意してくれた新聞に目を通すと、婚約披露パーティーを開いたシャロンデイル・ガーデンズが閉園する記事がのっていた。
シャロンデイル公爵は、忙しないロンドンを嫌って事業の多くを畳み、領地のカントリーハウスに定住することにしたそうだ。
実際には、鏡の悪魔に人質にされていた長男を穏やかな環境で育てるためだろう。
地上をうろつく悪魔たちは、己の欲望のままに振る舞い、人間の人生を捻じ曲げる。
人口が多いロンドンは、悪魔も好んで寄りつく都市だ。田舎に逃げられるなら、そちらの方が安全である。
(私も用心しないと。今ルートのどの辺りなのか分からないんだから)
ここは乙女ゲーム『悪役アリス』の世界。
追加攻略キャラであるダーク・アーランド・ナイトレイ伯爵ルートだということは、彼との恋の進展具合から想像がついた。
でも、今がルートの中盤なのか終盤なのか、それともゲームとはまったく異なる運命を歩んでいるのかさえ不明だ。
できれば、これ以上の凶悪事件には遭遇せずに、ダークと幸せに過ごすことだけ考えていたい。




