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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第一章 暗躍令嬢アリスの噂

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八話 愚かな作者はだあれ?

「そう。小説の主人公は、アリスという赤髪の男爵令嬢なの。彼女は、四人のお供を連れて夜な夜なロンドンの街に出ては、凶悪事件の犯人を懲らしめるのよ。『リリデル男爵家』とかいうふざけた家名も、リデル男爵家のもじりに違いないわ!」


 アリスが憤慨している理由が分かった。

 リデル男爵家の裏家業――警察では捕まえられない凶悪犯を見つけ、それ相応の断罪を行う――を大っぴらに書いているからだ。


 ヴィクトリア女王のもとで一致団結する大英帝国は虚像である。というのは言い過ぎだが、裏社会の秩序はとある一族によって守られてきた。

 それがリデル男爵家だ。暗殺者を養育し、社会を揺るがすような大犯罪が起きた場合に、犯人を探し出して粛正する。


 一家の仕事内容を知るのは、ヴィクトリア女王やハンプティ卿などごく少数だ。

 たとえその生業を知っても、極秘にするのが暗黙の了解だった。


 この小説の作者はそれを破り、新聞での連載まで行っている。


「由々しき事態のようだ。アリスはどうするのかな?」

「この私が、指をくわえて見ているわけないでしょう」


 アリスは赤い髪を手で払い、積み上げた新聞を横目で見た。


「掟破りは重罪だわ。この小説の作者を見つけ出して、モデル料を支払ってもらいましょう。場合によっては市中引き回しの刑よ。全身が血まみれになるまで許してやらないわ」


 やはり逃しはしないらしい。

 やられたらやり返す。とびきり戦慄する方法で。


 小鳥のような声で語られる復讐への熱意に、ダークの背筋がゾクゾクした。


(アリスはこうでなくては)


 ダークの愛しい恋人は、気に入らなければ婚約者だろうと問答無用で銃撃する。

 苛烈で、冷酷で、とても可愛い令嬢なのだ。


「俺も手伝うよ」


 彼女の大好きな姿が見れた嬉しさではにかむと、アリスは少しむくれた。


「私一人では無理だと思ってるの?」

「まさか。信じるものにまっすぐで、何が起きても揺るがない君を、一番近くで見ていたいだけだよ」


 たとえ女王に否定されても、ハンプティ卿と対立しても、ダークはアリスとの結婚を諦めるつもりはなかった。

 欲しい物に執着してしまうのは悪魔のサガだ。


 ぐらぐらと沸くお湯のような独占欲を隠して、上手に包装紙とリボンで包んで――今日もまたダークはアリスに一歩近づく。


「さっそく作者探しをしようか。著者名は?」

「酷い名前よ。作者は『クイーン・ヴィッキー』というの。女王陛下を連想させる名前にするなんて悪趣味だわ!」


「ヴィッキーか」


 ダークは三日前を思い出した。

 ロンドンに到着したことを、ヴィクトリア女王に報告にあがったのだ。


 彼女は書斎で書き物をしていて、ダークが何を言っても空返事だった。

 しきりに「締め切りが……」「連載だけは落とせない……」と気もそぞろ。どす黒いクマを作った顔には死相が出ていた。


 さすがのダークも気味が悪くなって、リデル一家と領地でクリスマスシーズンを過ごした幸せな日々については話さずにその場を後にした。


 安新聞で連載される『暗躍令嬢アリス』という小説は、リデル男爵家の家業とアリスの容姿について知る、ごくわずかな者が執筆している。

 そして、最近の女王の様子。


 これらの情報から推測するに、作者は恐らく――

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