八話 愚かな作者はだあれ?
「そう。小説の主人公は、アリスという赤髪の男爵令嬢なの。彼女は、四人のお供を連れて夜な夜なロンドンの街に出ては、凶悪事件の犯人を懲らしめるのよ。『リリデル男爵家』とかいうふざけた家名も、リデル男爵家のもじりに違いないわ!」
アリスが憤慨している理由が分かった。
リデル男爵家の裏家業――警察では捕まえられない凶悪犯を見つけ、それ相応の断罪を行う――を大っぴらに書いているからだ。
ヴィクトリア女王のもとで一致団結する大英帝国は虚像である。というのは言い過ぎだが、裏社会の秩序はとある一族によって守られてきた。
それがリデル男爵家だ。暗殺者を養育し、社会を揺るがすような大犯罪が起きた場合に、犯人を探し出して粛正する。
一家の仕事内容を知るのは、ヴィクトリア女王やハンプティ卿などごく少数だ。
たとえその生業を知っても、極秘にするのが暗黙の了解だった。
この小説の作者はそれを破り、新聞での連載まで行っている。
「由々しき事態のようだ。アリスはどうするのかな?」
「この私が、指をくわえて見ているわけないでしょう」
アリスは赤い髪を手で払い、積み上げた新聞を横目で見た。
「掟破りは重罪だわ。この小説の作者を見つけ出して、モデル料を支払ってもらいましょう。場合によっては市中引き回しの刑よ。全身が血まみれになるまで許してやらないわ」
やはり逃しはしないらしい。
やられたらやり返す。とびきり戦慄する方法で。
小鳥のような声で語られる復讐への熱意に、ダークの背筋がゾクゾクした。
(アリスはこうでなくては)
ダークの愛しい恋人は、気に入らなければ婚約者だろうと問答無用で銃撃する。
苛烈で、冷酷で、とても可愛い令嬢なのだ。
「俺も手伝うよ」
彼女の大好きな姿が見れた嬉しさではにかむと、アリスは少しむくれた。
「私一人では無理だと思ってるの?」
「まさか。信じるものにまっすぐで、何が起きても揺るがない君を、一番近くで見ていたいだけだよ」
たとえ女王に否定されても、ハンプティ卿と対立しても、ダークはアリスとの結婚を諦めるつもりはなかった。
欲しい物に執着してしまうのは悪魔の性だ。
ぐらぐらと沸くお湯のような独占欲を隠して、上手に包装紙とリボンで包んで――今日もまたダークはアリスに一歩近づく。
「さっそく作者探しをしようか。著者名は?」
「酷い名前よ。作者は『クイーン・ヴィッキー』というの。女王陛下を連想させる名前にするなんて悪趣味だわ!」
「ヴィッキーか」
ダークは三日前を思い出した。
ロンドンに到着したことを、ヴィクトリア女王に報告にあがったのだ。
彼女は書斎で書き物をしていて、ダークが何を言っても空返事だった。
しきりに「締め切りが……」「連載だけは落とせない……」と気もそぞろ。どす黒いクマを作った顔には死相が出ていた。
さすがのダークも気味が悪くなって、リデル一家と領地でクリスマスシーズンを過ごした幸せな日々については話さずにその場を後にした。
安新聞で連載される『暗躍令嬢アリス』という小説は、リデル男爵家の家業とアリスの容姿について知る、ごくわずかな者が執筆している。
そして、最近の女王の様子。
これらの情報から推測するに、作者は恐らく――




