七話 タルトとパイと安新聞
ダークは卿の屋敷を出て、待たせていた馬車に乗り込んだ。
白馬が引く純白の客車には、ナイトレイ伯爵家の紋章が輝いていた。
懐中時計は午後四時を指している。
リデル男爵家に着く頃には時計の針はだいぶ先まで回っているはずだ。
街中を飛ばし、アイアン製の門を通り、蔦薔薇に覆われた屋敷へ入る。
罠に触れないように慎重に移動して温室の扉を開けると、かけっこして遊んでいた双子が目の前で立ち止まった。
ダークは愛想よく微笑んで帽子を持ち上げる。
頭に角はない。
上手に隠しているのだ。
「こんにちは、可愛い双子たち。もうおやつは食べ終わったかな?」
「ジャックが作ったカスタードタルトをおひとつ」
「ジャックが作ったストロベリーパイをひと切れ」
まったく同じ声で答えた彼らはトゥイードル兄弟。
兄の方がダム、弟の方がディーだ。髪の色も瞳も体型ですらそっくりだが、さらに見分けづらくさせているのはお揃いの服である。
今日は深緑色のセーラー衿が特徴のブラウスとサロペットだった。
ダークがデザインして作らせた衣装の一つで、衿とタイ、ハーフ丈のズボンに薔薇の刺繍が入っている。
「どうりで口元が汚れていると思ったよ。こっちへおいで」
ダークはポケットチーフを抜いて、カスタードとストロベリージャムで汚れた二人の口を拭いてやった。
いつもなら、走り回る前にアリスが綺麗にしてあげるのだが……。
温室の奥に目を向ける。
黄水仙が咲くプランターを背にして、アリスが大衆紙の山に埋もれていた。
視線は手元の安新聞に釘付けだ。読んでいるのは連載小説のようである。
そばには、小さなタルトとひと切れのパイが小皿の上で待ちぼうけている。
ティータイムそっちのけで集中するとは珍しい。
アリスは小さな口でぼそぼそ呟く。
「……銀行の裏口から転がり落ちてきたのは女怪盗だった……アリスは呪いのダイヤを拾い上げてこう言う――悪は見逃さないわっ!」
「音読が上手だね、アリス」
「っ!」
びくっと肩を跳ねさせたアリスは、ダークの顔を見てほっと胸を撫で下ろした。
「驚いたわ。いつの間に入ってきたの」
「つい今し方だよ。君が安新聞を読むなんて珍しいね。バックナンバーを集めて読みふけるほど面白い小説なのかな?」
現在この国では約二百紙の新聞が刊行されている。
貴族が読むのは、そのうちでも歴史とプライドのある高級紙と経済紙だ。
全国紙は基本的に拠点をロンドンに置いているので、国全土で読まれる新聞もロンドンで起きた事件やロンドン市民の話題が多い。
「面白いというより不愉快よ」
薔薇色の頬をぷくりと膨らまして、アリスは安新聞を差し出した。
受け取って開く。タイムズやガーディアンのように政治や科学を取り扱った記事が紙面の半分を占め、残りはたちの悪いゴシップだった。
その下部に、アリスが読みふけっていた週間連載小説がある。
「――『暗躍令嬢アリス』?」




