四話 二人が結婚できない理由
一月のロンドンは暖かい。
海流や偏西風のおかげではなく、想い人がいる場所だからだとダーク・アーランド・ナイトレイは感じていた。
自分の故郷をアリスに見せる夢を叶え、ナイトレイ伯爵家のカントリーハウスで一緒にクリスマスシーズンを過ごした。
彼女と彼女の家族が自分の屋敷にいて、とりとめもなく話したり遊んだり食卓を囲んだりする日々は夢のようだった。
飾りつけたツリーの下で笑い合う光景は、十二夜が終わると蝋燭の火が消えるようにあとかたもなくなってしまったけれど、この世界に平和というものが本当にあるのならあの時間を指すのだろう。
欲しい、とダークは思った。
アリスと結婚して、彼女とリデル一家を引き取れば願いは叶う。
問題は、リデル男爵家にアリス以外の生き残りがいないことだ。
男爵の爵位はアリスの手にはない。
直系の子どもではあるが、男性ではないからだ。
領地や財産が婚家に吸収されるのを防ぐため、爵位は長男かもしもの時のためのスペアである次男が受け継ぎ、女性は生まれつき蚊帳の外に置く。どの貴族もそうだ。
一代貴族のように領地を持たないリデル男爵は、本来なら先代が死去した時点でなくなるはずだった。
しかし、アリスが生きて現れたため、ヴィクトリア女王の恩情で保留扱いとなっている。リデル男爵家が婿を迎え、アリスが男子を生んだらその子に継承させるという約束だ。
つまり、アリスが別の家に嫁いでリデル男爵家を離れてしまえば、その時点で爵位は消滅する。
ダークは判事のビル・トレヴァーに頼んで、爵位を保護する法律や判例がないか調べてもらった。当然のごとく見つけられなかった。
アリスにそばにいてほしいダークと、リデル男爵家をなくしたくないアリス。
二人の結婚は教会で愛を誓えば叶うものではなく、婚約から次の結婚というマスに進むのは上に下がるより難しい。




