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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
エピローグ

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171/193

† † 伯爵家流のクリスマス † †

 クリスマスといえば、一年でもっとも煌びやかな時期だ。


 それは貴族の屋敷も例外でなく、暖炉の前に大きなもみの木を設置して、雪だるまやキャンディーのオーナメントで飾りつけ、プレゼントを山と積んでおく。

 このクリスマスツリー、実はヴィクトリア女王が広めた慣習であり、王室の過ごし方を真似て貴族も飾るようになった。

 今では家族団らんの象徴だが、リデル男爵邸に飾られたことはない。


 では、目の前にある巨大なクリスマスツリーは誰のものかというと、ダークである。

 ここはナイトレイ伯爵家の領地にある宮殿。ロンドンにある豪邸と同じく、全体的に白くて神聖な雰囲気がただよう。

 ここでダークは生まれ育った。そして、母と父を看取った。


 椅子に張られた織地やランプの傘、飾られた絵も青を基調とした物が多い。

 どこにいてもダークを感じてちょっと落ち着かない私は、柊が飾られた窓際にいた。


(まさか、ダークとクリスマス休暇を過ごすとは思わなかったわ)


 孤島を出た私たちは、最寄りの貿易港で大型船を下りた。直でロンドンへ戻るのは大変だったので、馬車を使って北上してナイトレイ伯爵領へ入ったのだ。

 ダークの領地は自然豊かな地域だった。羊の放牧が盛んで、雪解け水が流れる川がいくつもあるという。織物が主要産業だというのも納得だ。


 ダークが贅沢な衣装を着て社交界に出ているのは、領地の生産物をアピールするためでもあった。


 数日かけて領内を案内してもらって宮殿に戻った私たちは、用意された伝統的なクリスマスディナーを食べ、ツリーのある温かな部屋へ移動した。


 ダムとディーはさっそくプレゼントの箱を開封して、新しい本やおもちゃに目を輝かせた。数が多いと思ったら、その多くが服飾品である。

 カーディガンや手袋、毛糸の帽子に靴下。今しか身に付けられない子どもサイズの品々は、どれもデザインが凝っていて可愛らしい。


 ダムは手袋、ディーは帽子を身に着けて、暖炉前の椅子に座るダークへ見せにいく。


「「似合う?」」

「素晴らしいよ。見ているだけで心が洗われるようだ」


 まるで女性を口説くみたいに褒めて、ダークは二人の額にキスをした。

 実家にいる安堵感からか帽子はかぶっていない。

 体が元に戻って角を隠せるようになったので、頭に目立つ物はなかった。


「愛する双子たち、ジャック君とリーズ君を呼んできてくれるかな。彼らへのプレゼントもあるんだ」


 ダークが手のひらで示したツリーの下には、まだたくさんの箱がある。

 ジャックとリーズは、家令のおじいさんに宮殿の裏通路を案内されている最中だ。何かあった場合の脱出経路と、見回りする道順を確認するためである。


 ダークが白いポンポンの付いた赤いマフラーを巻いてあげると、双子は手を取り合って廊下に出た。

 勘がいいので、案内なしでもすぐにジャックたちへ追いつくだろう。


 部屋にはダークと私だけが取り残される。


「ありがとう。私たちにまでプレゼントを用意してくれて」


 暖炉の近くへ歩み寄る私に、ダークは和やかに返した。


「こちらこそ、共に休暇を過ごさせてくれてありがとうと言いたいね。君たちが来てくれなければ、俺はプレゼントに埋まって寂しく眠るところだった」

「そんなこと言って……。どうせロンドンへ送ってくれるつもりだったんでしょう」


 飾り一つないリデル邸に、次々運び込まれるプレゼントを想像すると面白い。差し出し人がダークだとしても、危険物はないかとジャックは気が気ではないだろう。


 クスクス笑う私に、ダークもつられて笑みをこぼす。


「プレゼントを渡せたのも嬉しいけれど、俺は君が領地に来てくれたことが嬉しいよ」


 瞳を暖炉に向けて、感じ入るようにダークは言った。


「君にナイトレイ領を見せたかったんだ。美しい自然と、心優しい人々と、堅実な仕事があって豊かな場所だと紹介したかった。どうだったかな?」

「とても良いところね。私、ここが大好きになったわ」


 はにかむ私に何を思ったのか、ダークは腕を回して抱き寄せてきた。

 そのまま、私のお腹の辺りに頭をもたれる。


「俺の顔を見ずに聞いてほしい。俺の家はここだ。ロンドンの屋敷は仮の住まいでしかない。俺はナイトレイ伯爵でいる限り、領地と領民のために生きなければならない。この場所を捨てて、ロンドンへ行くことはできない……」


 ダークは自分の領地を愛していて、貴族として守る責任がある。

 伯爵家をつぶす選択は絶対に取れないはずだ。


 察してはいたけれど、本音を告げられる機会は今までなかったので、私は少々面食らう。


「あなたの願いは、私をここに呼ぶことなのね」


 ダークと私の結婚は、本来であれば、私がリデル男爵家を離れてナイトレイ伯爵家に輿入れし、めでたしめでたしで終わりの話だ。


 私は当然ここに住んで、伯爵家の跡取りを生み育てることになる。

 そして、リデル男爵家は消滅する。


(そういう選択肢もある。それは分かってるの)


 しかし、リデル一家の役割は大英帝国になくてはならないもの。

 一世一代の恋のために家を犠牲にする、愚かな少女になりきれないのが私の弱点だ。


 ダークは顔を伏せたまま私の答えを待っている。


「……私が素直に頷くとは思ってないんでしょう?」


 柔らかく答えると、ダークは寂しそうに体を離した。


「ああ。君が君らしいままで一緒にいられる方法は探している。一縷の希望をかけてはいるが、見つからなかった時のために伝えておきたかった。それだけなんだ……」


 しょんぼり報告しないでほしい。

 ぐいぐい来るくせに、肝心な時に及び腰なんだから、もう!


「絶対に見つかるわ!」


 私はダークの頭をぎゅうっと抱きしめた。いきなりだったので「わ」とダークが悲鳴を上げたが、かまわずぎりぎりと圧をかける。


「私はあなたがいいの。他の人の花嫁になるなんて考えられないの。そうでなかったら、死亡フラグ満載のあなたとキスしたりしないんだから!」


 戸惑いに目を見開いていたダークは、それを聞いて嬉しそうに笑った。


「俺もだよ……。君を諦めない。絶対に」


 誓いのキスを交わしていると、バタバタと近づいてくる足音がした。


 もうじき双子が家族を連れてやってくる。

 今の幸せが続くのなら時を止めてしまいたくなる。

 でも、それでは何も解決しないから、私は現実から目を背けない。


 クリスマスが過ぎたら新年はすぐそこ。

 私の時間は、これからも止まらずに続いていく。

   

                                 

〈第三部 完〉


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