† † 伯爵家流のクリスマス † †
クリスマスといえば、一年でもっとも煌びやかな時期だ。
それは貴族の屋敷も例外でなく、暖炉の前に大きなもみの木を設置して、雪だるまやキャンディーのオーナメントで飾りつけ、プレゼントを山と積んでおく。
このクリスマスツリー、実はヴィクトリア女王が広めた慣習であり、王室の過ごし方を真似て貴族も飾るようになった。
今では家族団らんの象徴だが、リデル男爵邸に飾られたことはない。
では、目の前にある巨大なクリスマスツリーは誰のものかというと、ダークである。
ここはナイトレイ伯爵家の領地にある宮殿。ロンドンにある豪邸と同じく、全体的に白くて神聖な雰囲気がただよう。
ここでダークは生まれ育った。そして、母と父を看取った。
椅子に張られた織地やランプの傘、飾られた絵も青を基調とした物が多い。
どこにいてもダークを感じてちょっと落ち着かない私は、柊が飾られた窓際にいた。
(まさか、ダークとクリスマス休暇を過ごすとは思わなかったわ)
孤島を出た私たちは、最寄りの貿易港で大型船を下りた。直でロンドンへ戻るのは大変だったので、馬車を使って北上してナイトレイ伯爵領へ入ったのだ。
ダークの領地は自然豊かな地域だった。羊の放牧が盛んで、雪解け水が流れる川がいくつもあるという。織物が主要産業だというのも納得だ。
ダークが贅沢な衣装を着て社交界に出ているのは、領地の生産物をアピールするためでもあった。
数日かけて領内を案内してもらって宮殿に戻った私たちは、用意された伝統的なクリスマスディナーを食べ、ツリーのある温かな部屋へ移動した。
ダムとディーはさっそくプレゼントの箱を開封して、新しい本やおもちゃに目を輝かせた。数が多いと思ったら、その多くが服飾品である。
カーディガンや手袋、毛糸の帽子に靴下。今しか身に付けられない子どもサイズの品々は、どれもデザインが凝っていて可愛らしい。
ダムは手袋、ディーは帽子を身に着けて、暖炉前の椅子に座るダークへ見せにいく。
「「似合う?」」
「素晴らしいよ。見ているだけで心が洗われるようだ」
まるで女性を口説くみたいに褒めて、ダークは二人の額にキスをした。
実家にいる安堵感からか帽子はかぶっていない。
体が元に戻って角を隠せるようになったので、頭に目立つ物はなかった。
「愛する双子たち、ジャック君とリーズ君を呼んできてくれるかな。彼らへのプレゼントもあるんだ」
ダークが手のひらで示したツリーの下には、まだたくさんの箱がある。
ジャックとリーズは、家令のおじいさんに宮殿の裏通路を案内されている最中だ。何かあった場合の脱出経路と、見回りする道順を確認するためである。
ダークが白いポンポンの付いた赤いマフラーを巻いてあげると、双子は手を取り合って廊下に出た。
勘がいいので、案内なしでもすぐにジャックたちへ追いつくだろう。
部屋にはダークと私だけが取り残される。
「ありがとう。私たちにまでプレゼントを用意してくれて」
暖炉の近くへ歩み寄る私に、ダークは和やかに返した。
「こちらこそ、共に休暇を過ごさせてくれてありがとうと言いたいね。君たちが来てくれなければ、俺はプレゼントに埋まって寂しく眠るところだった」
「そんなこと言って……。どうせロンドンへ送ってくれるつもりだったんでしょう」
飾り一つないリデル邸に、次々運び込まれるプレゼントを想像すると面白い。差し出し人がダークだとしても、危険物はないかとジャックは気が気ではないだろう。
クスクス笑う私に、ダークもつられて笑みをこぼす。
「プレゼントを渡せたのも嬉しいけれど、俺は君が領地に来てくれたことが嬉しいよ」
瞳を暖炉に向けて、感じ入るようにダークは言った。
「君にナイトレイ領を見せたかったんだ。美しい自然と、心優しい人々と、堅実な仕事があって豊かな場所だと紹介したかった。どうだったかな?」
「とても良いところね。私、ここが大好きになったわ」
はにかむ私に何を思ったのか、ダークは腕を回して抱き寄せてきた。
そのまま、私のお腹の辺りに頭をもたれる。
「俺の顔を見ずに聞いてほしい。俺の家はここだ。ロンドンの屋敷は仮の住まいでしかない。俺はナイトレイ伯爵でいる限り、領地と領民のために生きなければならない。この場所を捨てて、ロンドンへ行くことはできない……」
ダークは自分の領地を愛していて、貴族として守る責任がある。
伯爵家をつぶす選択は絶対に取れないはずだ。
察してはいたけれど、本音を告げられる機会は今までなかったので、私は少々面食らう。
「あなたの願いは、私をここに呼ぶことなのね」
ダークと私の結婚は、本来であれば、私がリデル男爵家を離れてナイトレイ伯爵家に輿入れし、めでたしめでたしで終わりの話だ。
私は当然ここに住んで、伯爵家の跡取りを生み育てることになる。
そして、リデル男爵家は消滅する。
(そういう選択肢もある。それは分かってるの)
しかし、リデル一家の役割は大英帝国になくてはならないもの。
一世一代の恋のために家を犠牲にする、愚かな少女になりきれないのが私の弱点だ。
ダークは顔を伏せたまま私の答えを待っている。
「……私が素直に頷くとは思ってないんでしょう?」
柔らかく答えると、ダークは寂しそうに体を離した。
「ああ。君が君らしいままで一緒にいられる方法は探している。一縷の希望をかけてはいるが、見つからなかった時のために伝えておきたかった。それだけなんだ……」
しょんぼり報告しないでほしい。
ぐいぐい来るくせに、肝心な時に及び腰なんだから、もう!
「絶対に見つかるわ!」
私はダークの頭をぎゅうっと抱きしめた。いきなりだったので「わ」とダークが悲鳴を上げたが、かまわずぎりぎりと圧をかける。
「私はあなたがいいの。他の人の花嫁になるなんて考えられないの。そうでなかったら、死亡フラグ満載のあなたとキスしたりしないんだから!」
戸惑いに目を見開いていたダークは、それを聞いて嬉しそうに笑った。
「俺もだよ……。君を諦めない。絶対に」
誓いのキスを交わしていると、バタバタと近づいてくる足音がした。
もうじき双子が家族を連れてやってくる。
今の幸せが続くのなら時を止めてしまいたくなる。
でも、それでは何も解決しないから、私は現実から目を背けない。
クリスマスが過ぎたら新年はすぐそこ。
私の時間は、これからも止まらずに続いていく。
〈第三部 完〉




