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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第八章 アリスと不死者と怪物と

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三話 未来への船出

 大型船の甲板で、厚手のコートを着た私は、積み荷を運んでいく生徒を眺めていた。

 周りには、すっかり元に戻ったリデル家の面々が揃っている。


 ジャックは腰に巻いた上着の裾を砲台に引っかけてキレているし、フードケープを羽織ったダムとディーは、ガラス製の浮き玉に小さなカニを乗せて遊んでいる。

どちらも絶好調のようだ。


 唯一テンションが低いのは、サングラスをかけて手すりに寄りかかるリーズである。


「ほんっと最悪な学校生活だったわ~。あんなに男の子がいたのに、一人もデートできないとかありえないわよ」

「でも、楽しかったわね」


 寮で集団生活した日々も、教室で一緒に勉強した時間も、輝かしい思い出だ。

 それはきっと、ダムとディーにとっても同じである。


 二人の様子をうかがうと、カニが足を滑らせて落ちたところをキャッチして、海に投げて返してあげていた。

 そこで桟橋にいるチャールズに気づいて、大きく手を振る。


 チャールズも手を振り返した。体の大きさは変わっても友達のままだ。

 これまで、ダムとディーはお互いの存在が全てだった。

 けれど、アーク校に来て、彼らの世界は大きく広がった。


「たくさんの人がいて、たくさんの可能性がある。それをダムとディーに見せてあげられてよかったわ」

「……知らない方がよかったってこともあるけどね……」

「え?」


 ぼそっと呟くリーズの声は、押し寄せた波の音にかき消された。

 海は相変わらず時化ているが、渡航船より巨大なこの船はほとんど揺れない。

 ただ、音だけが不釣り合いにうるさい。


 リーズはサングラスをずらして、ニヤリと嗤った。


「何でもないわ。それにしても、伯爵ったらよくこんな立派な船を準備できたわね」


 紺と白、赤に塗り分けられた大型船は、三本の帆を持っていて、後部には黒くて太い煙突も立っていた。最新鋭の蒸気帆船なのだ。

 手すりや船室の扉にはアールヌーヴォー調の飾りがついていて、この辺りを行き交う貨物船とは比べ物にならないほど豪華である。


「人脈をフル活用したんじゃないかしら?」

「アタシが言ってるのはタイミングの話よ。グリフォンに術を解いてもらった翌日に、お迎えが現れるなんて話が出来すぎてるわ。伯爵に外界との連絡手段はなかったはずでしょう。手配したのは『メノウ』って男らしいけど、どこのどいつよ?」


「わたしをお呼びでしょうか」


 操舵室からナイトレイ伯爵家の家令が現れたので、私は目を丸くした。


「家令さん! たしか駅で別れたきりだわ。どこにいらしたのですか?」

「アーク校は孤島だそうなので、何かあった時のために陸で待機しておりました。紹介が遅れましたが、わたしは『メノウ』という名前なのですよ」


 驚愕の新事実だ。

 私は忘れないように、脳内のキャラクターシートにしっかり書き込んだ。

 リーズはというと、驚くというよりは面倒な相手に出会ったみたいな表情だ。


「三カ月も待っていたとは気が長いこと。どうやって術が解かれるタイミングが分かったのかしら?」

「この能力で、ですよ」


 家令は、いつも細めている瞳を見開いた。

 そこには星と三日月の紋章が浮かんでいた。


「家令さんも悪魔の子だったんですの!?」


 ひっくり返りそうになる私とは対照的に、家令はのほほんと明かす。


「ダーク様が初めて蘇らせた人間がわたしでした。その際に、『千里眼』という離れた場所で起きたことを見通す異能を授かったのです」


 いつも彼が先回りできるのは、烙印の能力のおかげだった。

 納得する私は、リーズがぎゅっと拳を握り込むのを見た。

 緊張しているのだろうか。


「すごいわね。その能力は誰に対しても発動するの?」

「わたしがよく知る人物のみでございますよ。ダーク様とヒスイ、他はナイトレイ伯爵家の使用人が数人程度でしょうか。もう少しすればアリス様も見通せるかもしれませんが、レディの生活を覗くような真似は断じていたしません」

「そう……」


 ほっと息を吐いて、リーズは私の背に手を当てた。


「お嬢の私生活が守られてほっとしたわ」

「そろそろ出航するよ」


 船旅にふさわしくない過剰装飾をなびかせて、甲板にダークがやってきた。

 彼は私の隣に並んで、こちらを見上げるチャールズに片手をあげる。


「まだ暫定的にではあるが、彼は素晴らしい校長になるだろう。じいやが運んできた物資でしばらくは優雅に過ごせるだろうし、そこからは俺が積極的にフォローしていくよ」

「新しいアーク校の歴史がここから始まるのね」


 ガラガラと音を立ててイカリが上げられた。

 煙突から煙が上がり、船はタグボートに引っ張られて港を離れる。


 私は手すりに手をかけて遠くの古城を眺めた。


「これで本当にお別れね」


 寄宿学校での生活は大変だったけれど、離れると思うと寂しいものだ。

 横を見ると、手を繋いで島を見つめるダムとディーがいて、その肩にジャックが手を当てている。


 みんなもなんだかんだ言って離れがたいのだ。

 しんみりしていたその時、頭上から「おーい」と元気な声が響いた。


 はっとして見上げると、白いウミネコに混じってグリフォンが飛んでいた。


「「ロビンス!」」


 ダムとディーは頬を染めて、手を振った。


『元気でね、みんな!』


 ロビンスは、三度船の上を旋回して島へと戻っていった。

 その光景は、まるで伝奇に載っている挿絵のよう。


 自然豊かな孤島と歴史ある古城、優しい悪魔の姿を一度に目に焼きつけながら、私はこの美しい景色をを死ぬまで忘れないと誓った。




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