† † 紳士の内緒事 † †
孤島の港についた大型船は、大量の積み荷を降ろした。
食料や衣類、防寒具といった品々は、桟橋に行列を作る生徒へと渡される。
生徒はバケツリレー方式で荷物を運び、荷車に山積みにして、古城へと続く曲がりくねった道を上っていった。
「積み荷は全て礼拝堂へ。そこで内容物の確認と、各寮への振り分けを行う」
生徒に指示を飛ばしていたチャールズは、桟橋の先で積み荷を確認していた派手な装いの青年に声をかけた。
「ナイトレイ伯爵。たくさんの物資をありがとうございます。おかげで、何の不自由もなくクリスマスを迎えられそうです」
「大事な生徒に不便があると困るからね」
優雅に答えたナイトレイ伯爵は、青い瞳と光り輝く銀髪を持った紳士だ。
ライオンと鷲のオブジェが乗ったトップハットと、やたらめったらフリルやレースがついた服装に目をつぶれば、この大英帝国で彼ほど貴族らしい人物はいないだろう。
そんな彼が、つい先日まで華奢な少年だったと説明しても、誰にも信じてもらえまい。
ロビンスに術をかけられて、子どもの姿になっていた彼らは、アーク校に跋扈していた不死者を退治した後、術を解かれて元の姿へ戻った。
今までの不敬を思い出して、チャールズは申し訳ない気持ちになる。
「申し訳ありませんでした。伯爵とは知らず、子ども扱いして……」
「知らなかったのだから謝る必要はないよ。君は不要なことまで謝るクセを直した方がいい。これから暫定的な校長になるのだから、堂々としていなくては」
「気をつけます」
アーク校には、年越し後に新しい教師たちが赴任してくる予定だ。
それまでの学校の運営は、チャールズとロビンスが共同で行うことになっている。
ナイトレイ伯爵は、この古城の実質的な所有者となり、寄宿学校の経営者にもなってくれた。
しかし、ロビンスと契約はしなかった。
契約書ではなく、信頼でもって学校を守り続けてほしいと頼んだのだ。
そしてロビンスは、再び人間に化けて、今もユニコーン寮の監督生を務めている。
チャールズはアーク校を卒業後、ナイトレイ伯爵の後見を受けながら大学に通い、教師として再びここへ戻ってきて校長になる予定だ。
それまでの間は、ロビンスが寄宿学校をあるべき形で守ってくれる。
荷下ろしを見届けた伯爵は、帽子のツバに手をかけて船を仰いだ。
「そろそろ俺も乗らなくては。チャールズ君、いつでも連絡を寄こすんだよ」
「はい。あの、ナイトレイ伯爵」
船に乗るための吊り橋に足をかけた伯爵に、胸につかえていた疑問を投げかける。
「貴方は、どうしてロビンスを自由にしておくのですか。悪魔学でさんざん恐ろしい存在だと教えられた、悪魔なのに」
振り向いた彼は、チャールズをじっと見つめた後で、クスリと微笑んだ。
「俺は悪魔に偏見がないんだよ。こういう理由でね」
帽子がわずかに持ち上げられる。
その隙間に見えたのは、頭から伸びる二本の角だった。
ハロウィンの時に見た、仮装の角とまったく同じ。作り物ではなかったのかと、今さらながらに衝撃を受けた。
角は悪魔の印だ。
ということは、ナイトレイ伯爵は……。
驚いて声も出せないでいると、帽子を下ろした伯爵は口元に人差し指を立てた。
「これは、君と俺だけの秘密だよ」
鮮やかな微笑みに、チャールズは魅了された。
甘美な雰囲気で人間を篭絡する悪魔もいるのだ。
「……決して誰にも話しません。天国への扉を叩くまで」
約束すると、伯爵は満足そうに頷いて、さっそうと船に乗り込む。
海風にひるがえるマントは、さながらグリフォンの翼のようだった。




