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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第八章 アリスと不死者と怪物と

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169/193

† † 紳士の内緒事 † †

 孤島の港についた大型船は、大量の積み荷を降ろした。


 食料や衣類、防寒具といった品々は、桟橋に行列を作る生徒へと渡される。

 生徒はバケツリレー方式で荷物を運び、荷車に山積みにして、古城へと続く曲がりくねった道を上っていった。


「積み荷は全て礼拝堂へ。そこで内容物の確認と、各寮への振り分けを行う」


 生徒に指示を飛ばしていたチャールズは、桟橋の先で積み荷を確認していた派手な装いの青年に声をかけた。


「ナイトレイ伯爵。たくさんの物資をありがとうございます。おかげで、何の不自由もなくクリスマスを迎えられそうです」

「大事な生徒に不便があると困るからね」


 優雅に答えたナイトレイ伯爵は、青い瞳と光り輝く銀髪を持った紳士だ。

 ライオンと鷲のオブジェが乗ったトップハットと、やたらめったらフリルやレースがついた服装に目をつぶれば、この大英帝国で彼ほど貴族らしい人物はいないだろう。


 そんな彼が、つい先日まで華奢な少年だったと説明しても、誰にも信じてもらえまい。

 ロビンスに術をかけられて、子どもの姿になっていた彼らは、アーク校に跋扈していた不死者を退治した後、術を解かれて元の姿へ戻った。


 今までの不敬を思い出して、チャールズは申し訳ない気持ちになる。


「申し訳ありませんでした。伯爵とは知らず、子ども扱いして……」

「知らなかったのだから謝る必要はないよ。君は不要なことまで謝るクセを直した方がいい。これから暫定的な校長になるのだから、堂々としていなくては」

「気をつけます」


 アーク校には、年越し後に新しい教師たちが赴任してくる予定だ。

 それまでの学校の運営は、チャールズとロビンスが共同で行うことになっている。


 ナイトレイ伯爵は、この古城の実質的な所有者となり、寄宿学校の経営者にもなってくれた。

 しかし、ロビンスと契約はしなかった。

 契約書ではなく、信頼でもって学校を守り続けてほしいと頼んだのだ。


 そしてロビンスは、再び人間に化けて、今もユニコーン寮の監督生を務めている。

 チャールズはアーク校を卒業後、ナイトレイ伯爵の後見を受けながら大学に通い、教師として再びここへ戻ってきて校長になる予定だ。


 それまでの間は、ロビンスが寄宿学校をあるべき形で守ってくれる。

 荷下ろしを見届けた伯爵は、帽子のツバに手をかけて船を仰いだ。


「そろそろ俺も乗らなくては。チャールズ君、いつでも連絡を寄こすんだよ」

「はい。あの、ナイトレイ伯爵」


 船に乗るための吊り橋に足をかけた伯爵に、胸につかえていた疑問を投げかける。


「貴方は、どうしてロビンスを自由にしておくのですか。悪魔学でさんざん恐ろしい存在だと教えられた、悪魔なのに」


 振り向いた彼は、チャールズをじっと見つめた後で、クスリと微笑んだ。


「俺は悪魔に偏見がないんだよ。こういう理由でね」


 帽子がわずかに持ち上げられる。

 その隙間に見えたのは、頭から伸びる二本の角だった。

 ハロウィンの時に見た、仮装の角とまったく同じ。作り物ではなかったのかと、今さらながらに衝撃を受けた。


 角は悪魔の印だ。

 ということは、ナイトレイ伯爵は……。


 驚いて声も出せないでいると、帽子を下ろした伯爵は口元に人差し指を立てた。


「これは、君と俺だけの秘密だよ」


 鮮やかな微笑みに、チャールズは魅了された。

 甘美な雰囲気で人間を篭絡する悪魔もいるのだ。


「……決して誰にも話しません。天国への扉を叩くまで」


 約束すると、伯爵は満足そうに頷いて、さっそうと船に乗り込む。

 海風にひるがえるマントは、さながらグリフォンの翼のようだった。



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