五話 愛する友よ、君だけは
朝の支度を終えた生徒たちが食堂へ入っていく。
その流れを外れて校舎に入ったチャールズは、陰鬱とした面持ちで廊下を進んだ。
林檎食い競争の林檎は校長が用意した。だが、それはマンチニールの実だった。
あんな危険物が積み荷に混入するはずがない。
校長は、明らかに生徒を殺すつもりで手配したのだ。
容赦ない鞭打ちや、授業以外にはほとんど生徒と交流しない態度から、彼が生徒を快く思っていないことにはだいぶ前から気づいていた。
生徒を傷つけようとしていたなら、監督生として立ち向かわなければならない。
ロビンスに声をかけなかったのは、彼が酷くショックを受けていたからだ。ユニコーン寮に送り届けた時、「早く実を撤去しないと」とうわ言のように呟いていた。
今朝、早く起きて来てみれば、芝生広場はすっかり綺麗になっていた。
恐らくロビンスが一人で片づけたのだろう。
ロビンスは体こそ小さいが勇敢だ。体罰から生徒を守りたいというチャールズの願いの片棒を担いでくれた、心優しい相棒だ。
彼はもう生徒を守った。
だから、今度はチャールズが守る番である。
「校長先生、お話があります」
四階に上り、ノックして校長室に入る。
水キセルのせいで薄っすら煙い部屋には、教師たちが勢ぞろいしていた。
最奥の机についていた校長は、「なんじゃ」とふさふさの片眉を上げた。
「昨晩の林檎食い競争で、林檎ではなく有毒のマンチニールの実が使われていました。ロビンスが気づいて止めたので犠牲者は出ませんでしたが、大変なことになっていたかもしれません。どうして、あんなものを手配したのですか?」
すると、教師たちは「なんだ死ななかったのか」「惜しかったな」と囁いた。
どういうことだ。
戸惑うチャールズに、キセルから口を離した校長が答える。
「フー。どうしてとは不思議な質問じゃ。例の女子生徒とその取り巻きが競争に出ると、報告してきたのは君じゃろうに」
「な……。まさか、彼らを殺すつもりでマンチニールの実を?」
校長はのっそりと立ち上がって、ずるずるローブを引きずりながら机を回る。
「誰も死ななかったのは想定外じゃ。契約書の持ち主に逆らうとは、ロビンスも反抗期かのう……」
唐突に出てきた相棒の名前に、チャールズはさっと気色ばんだ。
「契約書とはどういうことだ! お前ら、ロビンスに何をやらせている!!」
「その口の利き方はなんだ」
校長は鞭を振り下ろした。しなった先が肩に直撃して、チャールズは思わず膝をつく。
追い打ちをかけるように鞭は次々と襲ってきた。体を縮めて耐えるが、一撃一撃が重くて肌が裂けるような痛みに襲われる。
(ロビンス、お前はこいつらに何を握られている?)
歯を食いしばりながら思い出すのは、ロビンスの無邪気な笑顔だ。
いつも明るく、生徒を励ます彼の姿だ。
そうして気づく。
彼が苦しんでいる場面なんて見たことがない。
「耐えても無駄じゃ」
ガツン! 鞭で頭を弾かれて、チャールズはついに倒れた。
熱い血がだくだくと流れ出し、床に広がって体を浸していく。
うつろな意識の向こうで、悪魔たちが何かしゃべっている。
増長した生徒は粛正した方がいいのでは。
たまには生徒たちの鬱憤晴らしも必要でしょう。
中世では、罪人の処刑は娯楽でしたし――。
(すまない、ロビンス……)
チャールズは心の中で謝る。
私が殺されたら、お前だけでも逃げてくれ。




