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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第七章 異分子に捧ぐ毒林檎

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五話 愛する友よ、君だけは

 朝の支度を終えた生徒たちが食堂へ入っていく。

 その流れを外れて校舎に入ったチャールズは、陰鬱とした面持ちで廊下を進んだ。


 林檎食い競争の林檎は校長が用意した。だが、それはマンチニールの実だった。

 あんな危険物が積み荷に混入するはずがない。

 校長は、明らかに生徒を殺すつもりで手配したのだ。


 容赦ない鞭打ちや、授業以外にはほとんど生徒と交流しない態度から、彼が生徒を快く思っていないことにはだいぶ前から気づいていた。

 生徒を傷つけようとしていたなら、監督生として立ち向かわなければならない。


 ロビンスに声をかけなかったのは、彼が酷くショックを受けていたからだ。ユニコーン寮に送り届けた時、「早く実を撤去しないと」とうわ言のように呟いていた。


 今朝、早く起きて来てみれば、芝生広場はすっかり綺麗になっていた。

 恐らくロビンスが一人で片づけたのだろう。


 ロビンスは体こそ小さいが勇敢だ。体罰から生徒を守りたいというチャールズの願いの片棒を担いでくれた、心優しい相棒だ。


 彼はもう生徒を守った。

 だから、今度はチャールズが守る番である。


「校長先生、お話があります」


 四階に上り、ノックして校長室に入る。

 水キセルのせいで薄っすら煙い部屋には、教師たちが勢ぞろいしていた。


 最奥の机についていた校長は、「なんじゃ」とふさふさの片眉を上げた。


「昨晩の林檎食い競争で、林檎ではなく有毒のマンチニールの実が使われていました。ロビンスが気づいて止めたので犠牲者は出ませんでしたが、大変なことになっていたかもしれません。どうして、あんなものを手配したのですか?」


 すると、教師たちは「なんだ死ななかったのか」「惜しかったな」と囁いた。

 どういうことだ。

 戸惑うチャールズに、キセルから口を離した校長が答える。


「フー。どうしてとは不思議な質問じゃ。例の女子生徒とその取り巻きが競争に出ると、報告してきたのは君じゃろうに」

「な……。まさか、彼らを殺すつもりでマンチニールの実を?」


 校長はのっそりと立ち上がって、ずるずるローブを引きずりながら机を回る。


「誰も死ななかったのは想定外じゃ。契約書の持ち主に逆らうとは、ロビンスも反抗期かのう……」


 唐突に出てきた相棒の名前に、チャールズはさっと気色ばんだ。


「契約書とはどういうことだ! お前ら、ロビンスに何をやらせている!!」

「その口の利き方はなんだ」


 校長は鞭を振り下ろした。しなった先が肩に直撃して、チャールズは思わず膝をつく。

 追い打ちをかけるように鞭は次々と襲ってきた。体を縮めて耐えるが、一撃一撃が重くて肌が裂けるような痛みに襲われる。


(ロビンス、お前はこいつらに何を握られている?)


 歯を食いしばりながら思い出すのは、ロビンスの無邪気な笑顔だ。

 いつも明るく、生徒を励ます彼の姿だ。


 そうして気づく。

 彼が苦しんでいる場面なんて見たことがない。


「耐えても無駄じゃ」


 ガツン! 鞭で頭を弾かれて、チャールズはついに倒れた。

 熱い血がだくだくと流れ出し、床に広がって体を浸していく。


 うつろな意識の向こうで、悪魔たちが何かしゃべっている。


 増長した生徒は粛正した方がいいのでは。

 たまには生徒たちの鬱憤晴らしも必要でしょう。

 中世では、罪人の処刑は娯楽でしたし――。


(すまない、ロビンス……)


 チャールズは心の中で謝る。


 私が殺されたら、お前だけでも逃げてくれ。


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