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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第七章 異分子に捧ぐ毒林檎

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二話 両手いっぱいの賄賂

 双子の部屋に向かった私は、「林檎食い競争に出てみない?」と話した。

 私たちを追いかけてきた怪物がグリフォンという悪魔で、アーク校の生徒を何人も助けていて、楽しい催しに現れるのだと説明する。


「ハロウィンの晩に寮対抗で勝負するんですって。チャールズさんは、私とダムとディーの三人をライオン寮の代表にしたいって言ってくれているわ。競争で盛り上げて、グリフォンを捕まえて、もしも罠の悪魔だと白状したら術を解かせましょう」


 ベッドに横になってお菓子を食べていた双子は、手を止めて尋ねた。


「林檎はいくつ?」

「一人一つじゃないかしら」

「林檎の形状は?」

「たぶん、木になっているそのままだと思うわ」


 双子は顔を見合わせて緊急会議をすると、「勝負の後、アップルパイに加工してもいいなら」と条件を出した。

 砂糖を加えて加熱した方がおいしく食べられるからだ。


「これで出場決定ね。ユニコーン寮の出場者は誰かしら」


 すると、双子の髪の毛がひょこっと立った。


「「ジャックとダークは?」」

「出ないと思うわ。ユニコーン寮の出場者はロビンスさんが決めるし、あちらには運動が得意そうな生徒がたくさんいるもの」


 ダムとディーはベッドを下りて、隅に置いてあったトランクを開いた。

 ガサガサと中をあさり、色とりどりの包装で包まれたチョコレートを山ほど取り出す。


「そのお菓子、どうしたの?」

「上級生にいじめられてる生徒を助けたらもらった」

「いじめた上級生をやっつけたら手渡された」


 部屋に入るたびにお菓子の包みが落ちていて、トランクのどこに隠し持ってきたんだろうと思っていたが、人助けして手に入れていたらしい。

 二人は両手いっぱいのお菓子を私に預けた。


「これをロビンスに渡して」

「二人を出場させてって伝えて」

「賄賂ってこと?」


 コクリと頷く顔は真剣だ……!


「そんなにジャックたちと勝負したかったのね。分かったわ。私、あなたたちのためなら悪の道にも堕ちる!」


 私は、お菓子をポシェットに詰め込んで、ユニコーン寮へ向かった。

 ロビンスは、芝生広場で折りたたんだ布と木材を抱えて歩いていた。

 腕にはブリキの工具箱を下げていて、一人で運ぶには重たそうだ。


「ロビンスさん、運ぶのを手伝います」

「ありがとう! 校長先生に修理をお願いされちゃったんだよ」


 ロビンスは工具箱を私に手渡して古城に入り、「四階まで上るよ」言い添えた。

 向かう先が先日グリフォンと遭遇した階だったので、体に力が入った。


「怖い顔して、どうかした?」

「どこを修理するんだろうと思いまして……」

「舞踏室の扉だって。校務員さんは体調不良で起き上がれないみたい」


 また死んじゃうのかな。ロビンスの独り言が階段に反響する。


「また、ということは、よく亡くなるんですの?」

「ここで働いている人はみんな高齢だしね。孤島だからかな。若い人はどんどん島を出て行くし、卒業した生徒は戻ってこないしで、人口は減る一方なんだよ」

「ここには教師か校務員くらいしか仕事がありませんものね」


 外界と閉ざされていてろくな娯楽もないとあれば、卒業生が二度と戻らないのも当然のように思えた。


(だから教師たちを不死者にしているのかしら)


 今の時点では、罠の悪魔がグリフォンなのか、それとも別の個体なのか不明だ。

 校長自身が罠の悪魔で、グリフォンを使役している可能性はあるが、それなら顔を見られている私を野放しにしておくのはおかしい。


 工具箱は意外と重たくて、二階、三階と上るごとに腕が重くなっていった。

 木材を運ぶロビンスはさぞ大変だろうと見るが、汗一つかいていない。

 少年の体力が無限大なのは、ダムとディーを見ていればよく分かるけれど。


(さすがに怪力すぎでは?)


 四階についたロビンスは、廊下を進んで舞踏室に入った。

 開きっぱなしの扉は、鋭い爪でえぐられて穴が開いていた。


「これって……」


 グリフォンの爪痕だ。

 隠れなければ、あの晩、この爪に引き裂かれていたのは私だったかもしれない。


 身を凍らせているうちに、ロビンスは木材を床に転がした。


「これを元通りにはできないや。壊れたところが見えないように布で覆って、周りを木材で打ち付けよう。あそこに脚立がある」


 ロビンスは運んできた脚立に飛び乗って、爪痕を覆うように布を仮止めしていく。


「ライオンの爪痕ってこんなに目立っちゃうんだね~。チャールズにも知らせておかないと。グリフォンを探すのは止めたほうがいいよって」


 ロビンスは、チャールズがグリフォンに命を助けられて、お礼を告げるために探していることも知っているようだ。


「……ライオンといえば、林檎食い競争のライオン寮の出場者は、私とトゥイードルズに決まりました。ユニコーン寮で決まっていなければ、ジャックとダークを候補に考えてくださいませんか?」


 ロビンスは「いいよ。声をかけてみるね」と笑った。

 ポシェットに忍ばせたチョコレート菓子の出番はないようだ。


 私は修理が終わるまでロビンスに付き合い、寮に戻ってダムとディーに報告する。

 大喜びの二人は、そのノリで練習計画を立てた。


 決戦は来週。それまでに、仮装の準備も進めなければならない。

 学生生活の大変さが身に沁みて、私は一人溜め息をついたのだった。


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