三話 家族だからここで待つ
「離してくれ、双子たち! 俺もアリスを探しに行く!」
「だめ」
「危ない」
礼拝堂では、ダークが双子に抱えられていた。
明かり一つないのにほのかに明るいのは、床に施された三日月の紋章が光り輝いているからだ。
結界を仕掛けた本人が興奮しているせいか、青白い光は強くなったり弱くなったりを繰り返している。
諦めが悪いダークを、ベンチからジャックが叱った。
「オレやお前が出張ると迷惑なんだよ。お嬢の迎えはリーズに任せて、今は待機だ。手間かけさすな、うぜぇ……」
「ダーク、万事は塞翁が馬」
「ダーク、人間は諦めが肝」
「遠回しに『お前は無力だ』と言わないでくれ。……不安なんだ」
仲間を逃がして、自分だけ舞踏室の内側にとどまったアリス。
ダムはダークを抱えて礼拝堂に駆け込み、ディーは緊急事態を伝えに走り、伝令を聞いたジャックとリーズが合流した。
ダークは、すぐさまアリスの救出を唱えた。
幸いにも彼女がどこにいるかは、焼きつけた烙印を通して分かっていた。
しかしリーズは、礼拝堂で待っていろと告げた。
『お嬢がどうして残ったのか考えなさい。迎えはアタシが行くわ。怪物に姿を見られていないのはアタシとジャックだけだし、夜の古城をうろついていても教師なら言い訳がたつしね。伯爵はみんなと待っていて』
ぴしゃりと言い切ってリーズは礼拝堂を出て行く。なおも追いかけようとするダークを双子が実力行使で止めて、こうして騒いでいるというわけだ。
「大人しくしてダーク」
「僕らの方が大人みたい」
「愛した女性に危険が迫っているというのに、君たちはなぜ平気なんだ!」
不満をぶつけられた双子は、さっと腕を解き、その場に膝を抱えて座る。
「だって、ダークがアリスは生きているって言った……」
「だって、リーズがアリスを迎えにいくって言った……」
もしもアリスの生死が分からなかったら、ダムとディーは礼拝堂にダークやジャックたちを避難させた後、すぐに取って返して怪物に立ち向かった。
そうしなかったのは、仲間が大丈夫だと言ったからだ。
「昔、リデル男爵家に引き取られた日に、アリスに言われたの」
「信じて、頼って、心を通じ合わせる関係が、家族なのよって」
だからこそ、アリスに嘘をつかれていたと知った時は、心がはちきれそうだった。
ダムもディーも、アリスを心から信じていたのだ。
傷ついて、一度は離れて、二度と嘘をつかないと約束して、リデル一家は再集結した。
家族への信頼はさらに強固になった。
「僕らはアリスが大好き」
「みんなも同じくらい好き」
「「だから信じる」」
力強く宣言されたダークは脱力した。
後先考えず敵地に飛び出そうとする自分より、不安を飲み込んで仲間を頼る彼らの立派なこと。
体だけではなく心も成長した彼らは、アリスをめぐる素晴らしいライバルだ。
「……もう君たちを子ども扱いできないな」
「大人になったら、お菓子はなし?」
「子どもでないと、玩具もなし?」
双子が残念そうに肩を落としたので、ダークは笑ってしまった。
「大人も子どもも好きな物は変わらないさ。無事にここを出られたら、好きなのを買ってあげよう」
「「わーい!」」
双子は嬉しそうにハイタッチした。
落ち着きを取り戻したダークは、青く輝く紋章の周りに立った。
これは礼拝堂の結界になっている。近くに悪魔がいる気配はない。
目を閉じてアリスの位置を探ると、以外にも近くにあった。
扉の外だ。
駆け寄って開けると、廊下にはアリスを横抱きにしたリーズが立っていた。
「ありがと、伯爵。お嬢を起こさずにどうやって開けようか悩んでいたの」
礼拝堂に入ったリーズは、手近なベンチにアリスを横たわらせた。
ジャックと双子が、彼女の周りを取り囲む。
「お嬢は無事か?」
「見ての通り。寝ているだけよ」
アリスは、頬を薔薇色に染めて健やかな寝息を立てている。
制服は埃と蜘蛛の巣で汚れているが、怪我はしていないようだ。
「舞踏室の奥にある物置に隠れてたわ。怪物には行きも帰りも遭遇しなかったけれど、破られた舞踏室の扉には熊が爪でえぐったような跡が残ってたわね」
「もしもアリスが機転を利かせて扉を閉ざしていなかったら、俺が爪の餌食になっていたかもしれない……」
〝罠の悪魔はナイトレイ伯爵を狙っている〟というのがアリスの推理だ。
双子は、くるんと丸まった髪を揺らして、首を横に振った。
「リーズ、あれは熊じゃない」
「どちらかというと犬」
「犬は嫌だわ。アタシ、猫の方が好きなのよ」
「お前の好みは聞いてない」
リデル一家の無駄口がうるさかったのか、アリスが「んん……」と身じろぎした。
ダークはアリスの手を握って呼びかける。
「アリス」
丸まったまつ毛が震え、ほどなくして目蓋が開く。
「……ダーク」
赤い瞳にダークを映したアリスは微笑んだ。
最初に気にするのが自分の安否かと、ダークの胸に愛しさが満ちる。
「おはよう、お嬢。気分はどうかしら?」
頭の方に腰かけたリーズを、アリスはあどけない表情で見上げた。
闇のせいで小さくなっていた瞳孔は、彼のニヤニヤ笑いを映すなりぶわっと広がる。
間近でそれを目撃したダークは、不審に思った。
瞳が黒い?
しかし、アリスが起き上がった時には、ルビーに見まがう赤い色味に戻っていた。
「おはよう〝リーズ〟。ここは礼拝堂よね。私、いつの間にここへ?」
不思議そうなアリスの頭を、リーズは笑みをひそめて優しく撫でた。
「お嬢は、怪物と追いかけっこして、物置に隠れたまま眠っちゃってたのよ。アタシが迎えにいってここまで連れてきたの」
「隠れたところまでは覚えているわ。私、あそこで寝てしまったのね……」
ダークがアリスの頬に手を添えるとひんやりしていた。
隠れていた物置が寒かったようだ。
「アリス、置いていってすまなかった」
「私が残ったのよ。みんなが無事で嬉しいわ」
アリスのはにかむ表情はまるで清涼剤だ。一同は安堵に包まれた。
その姿を、天窓から怪物がこっそり覗いているとは、誰一人気づかなかった。




