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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第四章 闇の呼び声

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二話 すれ違いは裏切りのはじまり

「アリスちゃん、これ」


 昼食を終えて数学の授業へ向かう私に、赤いリボンが差し出された。

 手渡してきたのはユニコーン寮の生徒だ。確か四年生で、廊下ですれ違うたびにチラチラ見てくるので覚えていた。


「綺麗なリボンですね。それが何か?」

「実家の荷物に入っていたから、よければ」

「私にくださるのね」


 お礼を言うと、生徒は短い悲鳴を上げて走り去った。角を曲がってすぐガッシャンと大きな音がして、甲冑の頭が転がってきたが大丈夫だろうか。


 少なくとも生きているだろうと判断して教室へ入る。ぽっちゃり系男子のブレッドが近づいてきて、「甘いものは好き?」と青い包装紙を開いた。

 中には、板チョコみたいな大きさの白い固形物がある。


「湖水地方で人気のケンダルミントケーキってお菓子なんだ。ロンドン育ちのご令嬢には珍しいでしょ。あげるよ」

「お部屋でいただきますわ。ありがとう、ブレッドくん」


 愛想笑いで受け取る。

 渡した生徒も周囲で様子をうかがっていた同級生も、わっと盛り上がった。


「ダム、ディー、お菓子をもらったわよ」

「「ふーん」」


 後ろを歩いていた二人は、据わった目で凄まじい怒気を放った。

 表情は子どもが見たら大泣きするレベルで極悪。『この道一筋五十年、僕らに殺れないものはない』みたいな視線を向けられた私も思わず泣きそうだ。


 固まっている私を、片手をポケットに突っ込んだダムが強引に抱き寄せる。


「はやく座ろう」

「授業が始まる」


 私を挟んで座った双子は授業の間中、ずっと不機嫌だった。


 その後も移動するたびに違う生徒からプレゼントをもらった。

 ダムとディーの表情はどんどん険しくなっていって、頬に『呪呪呪』という幻が見えるようなって、やっと放課後。


「明日からは空のバスケットが必要だわ」


 贈り物を抱えてライオン寮までの道を歩いていると、トップハットを両手で支えた美しい少年が横切った。


「ダーク!」


 私は感激して名前を呼ぶ。なかなか顔を合わせる機会がなかったのだ。

 ダークは、ビクリと肩を跳ねさせて振り向いた。


「アリス……」

「あれから体調は変わりない? 罠の悪魔なんだけど、まだ探している最中なの。もう少しの辛抱よ」


 畳みかけるように報告すると、ダークの表情は曇った。

 顔からは血の気が引き、色づいた唇は細かく震えて、青い宝石のような瞳はうるむ。


「来ないでくれ」


 切羽詰まった懇願に、私はきょとんとした。


「何かあったの?」

「君の顔を見たくない。……すまない」


 それだけ告げて、ダークは歩き去った。

 ぼう然とする私を、その場に残して。


「顔を、見たく、ない……」


 婚約者に突き放された衝撃は、雷のように頭のてっぺんから私を貫いた。

 痛いわけじゃない。


 ただ、時間が止まってしまったかのように、心が動かない。

 抜け殻になる私の前に、ジャックがひょこっと顔を出した。


「お嬢、大丈夫か?」

「ジャック……。ダークはどうしちゃったの。顔を見たくないって言われたわ」

「あいつ、お嬢に対してもそうなのかよ」


 彼もダークに手を焼いているらしく、ベレー帽の上から頭をかく。


「ああだと、こっちのペースまでおかしくなる。ほんっと、うぜぇ……」


 角が消せない不安と、不本意な学校生活が、心身に影響しているのかもしれない。


「私、ダークの話を聞いてみるわ。明日は授業がお休みの日よね。お菓子を持ってユニコーン寮へ行くから、紅茶の準備を頼むわね」


 翌日の約束を取り付けた私は、立ち止まっていた双子を振り返った。

 彼らは、冷ややかな瞳でユニコーン寮の二階を睨んでいた。


「ダム、ディー?」


 呼びかけると表情が和らいだ。


「寮に戻ろう」

「リーズが待ってる」


 王子様がするみたいに手が差し出される。

 その仕草に、以前のダークが重なった。


「ええ。帰りましょう」


 左手をダムの手に、右手をディーの手に重ねる。

 二人は大事そうに私の手を包み込んで、にっこりと笑った。


「「三人一緒にね」」


 双子の優しさは、ダークに冷たくあしらわれて心細くなった胸にするりと入ってきた。

 私は良くないと思いながら彼らに甘えて、その日は手を繋いだまま寮へ戻った。


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