表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第四章 闇の呼び声

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

147/193

一話 わたしの(昔の)家族

 ――ピッ、ピッ、ピッ――


 電子音が鳴り止まない。

 意識も体も眠っているのに、絶えず聞こえてくる。


「――ちゃん、起きて」


 お母さんの声がする。というと、ここは実家かもしれない。

 普段は一人暮らしのアパートと会社を往復する生活を送っているが、年末年始とお盆だけは両親が暮らす家に帰省していた。


 暑くも寒くもないけれど、今は冬だっけ? それとも夏? 何年の、いつ?

 ぼんやり考えていると左手をぎゅっと握られた。


 温かくて柔らかい。お母さんの手だ。


「今日が何の日か分かる。みんな、あなたを待ってるのよ」


 みんな?


「会社の方からもお電話をもらったの。復帰するのを待ってるからって」


 復帰って、何のこと?


「生きているだけでも奇跡なのは分かってるわ。でも、お母さんもお父さんも、もう一度●●の声を聞きたいの。だから、頑張って……」


 涙ぐんだ言葉を聞いたら唐突に思い出した。

 人生が変わった、あの夜のことを。


 サービス残業で帰りが遅くなった私は、会社からの帰り道、車道へ飛び出した子猫を助けようとしてトラックに轢かれた。

 体が跳ね飛ばされた感覚を今でも覚えているくらい、大きな衝撃だった。

 走る車は凶器だと言われる意味を、この時ほど味わったことはない。


 だって、私はその事故で死んでしまったんだから。

 それなのに、どうしてお母さんは私のそばで泣いているんだろう。


 まるで医療ドラマのようだ。

 事故にあった登場人物が、意識不明のまま病院のベッドで眠り続けているみたい。


 これは夢?

 それとも――。


「はっ」


 目蓋を開けた私は、ゆっくりと起き上がった。

 カーテンの隙間から差し込んだ朝の光が、簡素な部屋を照らしている。

 消毒液の匂いもしないし、心電図の音もしない。するはずがない。


 なぜならここはゲームの中。

 私は乙女ゲーム『悪役アリスの恋人』の世界に転生したのだ。


 今の名前はアリス・リデル。血のように赤い髪と瞳を持つ美しいヒロインは、ヴィクトリア朝を模した架空の大英帝国の男爵令嬢だ。

 先ほどの夢は、前世の記憶から脳が作った勝手な幻だろう。

 それにしては、やけに現実的だったけれど……。


「お母さん、元気だといいな」


 変な夢を見たのは、きっと心が不安定になっているせいだ。


(ダムとディーが元に戻りたくなかったなんて)


 術を解きたい私とは正反対に、二人は大きいままでいることを望んでいた。

 名無しの森で彼らの切実な気持ちを聞いた私は、答えを保留にしたまま今に至る。


(二人の気持ちは尊重したいわ。でも、今のままではいつ悪影響があるか分からないし、難しい問題ね)


 窓際の椅子では、腕を組んだリーズがうたた寝している。

 こっそり部屋を抜け出して一階の水場で顔を洗っていると、チャールズがやってきた。


「おはようございます、チャールズさん」

「おはよう。今日は早いな」


 汲んだ水で顔を洗い、豪快に袖で拭くチャールズの目は真っ赤だった。


「徹夜でもなさったんですか?」

「……ロビンスが、また朝方まで帰ってこなくて……」


 呟いたチャールズは、はっとして口に手を当てた。


「夢中で読書していただけだ。急ぐので失礼する」


 追及を避けるようにチャールズは水場を出ていった。


(ロビンスさんを心配して起きていたわけね)


 墓参りは年に数回でいいはずだ。その割に、名無しの森の獣道が開けていたのが気になる。あそこで、一体何が行われているのだろう。

 考え込んでいると、こつんと後頭部を小突かれた。


「お嬢、どこに行ったのかと思ったわよ」


 リーズだった。彼は勝手に部屋を離れた私を叱る。


「今はトゥイードルズも頼れないんだから気をつけてよ」


 名無しの森に入った夜以降、双子には小さな変化が起きた。

 私への態度がものすごく過保護になったのだ。


 具体的に言うと、授業で使う物を全て用意してくれたり、進路に水たまりがあるとお姫様だっこで運んでくれたり、食堂ではどちらかが先回りして、私が食べたい料理を盛り付けてテーブルで待っていてくれたりする。


 そして、こう言う。


『『アリスは笑ってくれるだけでいいの』』


 完全にスパダリだ。

 最終的に、私と一緒のベッドで眠ろうとしたため、リーズが『共寝禁止令』を出した。

 ダムとディーが護衛につくのは昼間だけ。夜はリーズと交代する。


 そうしたら、二人は急にスンとして、チャールズの隣の部屋を使っていた上級生と交渉して譲ってもらった。そして、今は二人きりで寝起きしている。


(どうしてこうなっちゃったのかしら)


 二人の気持ちが分からない。まだまだ手がかかると思っていた子どもが、急に一人暮らししたいと言い出したら、こんな気持ちになるかもしれない。

 今までだったら逐一気持ちを教えてくれたじゃない。そう恨めしく思う。


 部屋に戻って着替えた私は、教科書を持って廊下に出た。

 壁に背をつけて待っていた双子は、リーズから奪うように私を引き寄せた。


「またね」

「夜にね」

「行ってらっしゃい。居眠りしちゃだめよ~」


 見送るリーズはお母さんみたいで、私は悩んでいることも忘れて笑った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ