三話 腰かけ美人の保健室
階段を上り、三階の端にある一室の扉を開ける。
簡素なベッドと椅子、白いシーツを張った衝立で構成されたここは保健室だ。
部屋の主であるリーズはというと、足を組んでフライとバッタの話を聞いていた。
「名無しの森で行方不明ねぇ……。その生徒、まだ見つかってないの?」
「はい。行方不明になった生徒は、十年前にもいたらしいです」
「毎年、度胸試しで入る生徒がいるって聞いて、それなら大丈夫だろって昨日行ったきり戻ってこないって……。怪物に食べられてしまったんでしょうか。リーズ先生は、どう思います?」
「う~ん。そうねえ……あら、お客さんだわ」
リーズが私たちに気づいた。フライとバッタはサッと顔を赤くして立ち上がる。
「悩みを聞いてもらってありがとうございました」
「もう行くので!」
「はいはい。度胸試しなんてくだらないことは止めなさいね~」
逃げるように退室していった彼らを、双子は渋面で見送った。
「なに」
「あれ」
「思春期の産物よ。好きな女の子に良いところを見せるために、危険な森への度胸試しは有効かどうかアタシに相談しに来たの。大量の本を持ってどうしたの?」
「実はね──」
ダム、私、ディーの順でベッドに腰かけて、『名無しの森に悪魔がいるらしい』と伝えると、リーズの眉間に皺が寄った。
「危険地帯なのに監督生なら入れるってどういうことかしらね。アタシだったら人の立ち入りは完全に禁止にするわ。九大校でないとはいえ、アーク校は貴族の子息を多く預かっているのよ。何かあったら困るじゃないの」
「それはどうかしら?」
「どうだろう」
「どうかなあ」
私は首をひねった。ダムとディーも真似したので、三人とも同じ格好になる。
「寄宿学校は、家では手に負えない乱暴者や素行の悪い者を厄介払いする場でもあるそうよ。アーク校に集まっているのもそういう生徒が多いと思うの」
優秀なチャールズさえ家では必要とされない。
フライとバッタのようないじめっ子も家庭に居場所はないだろう。
そういう少年たちの受け入れ口としてアーク校が存在しているのだとしたら、危険があっても放置しそうだ。
「なるほどねぇ。問題のある子どもを持つ家族からすれば、たとえ行方不明者になってもかまわないってわけね」
更生したら儲けもの、死んでも家にダメージはない。
そういう少年たちが集められたこの島には、いわくが多すぎる。アーク校がこんな学校だと知っていたら、私はダムとディーを預けようと思わなかった。
そろりと視線を動かして双子の様子をうかがう。と、すぐに視線があった。
彼らは最初から私しか見ていなかったようだ。
水色の瞳を柔らかく細めて笑いかけてくる。
「「アリス、なに?」」
「あ、あなたたちをこの学校に連れてきてよかったのか、自問自答していたのよ」
ロマンス小説の貴公子みたいで、ちょっとドギマギしてしまった。
小さい頃の二人は感情の読めない瞳をしていた。けれど大きくなった今、水色の奥に見えるのは、青い静けさや桃色の甘やかさや黄色いきらめき。
可能性に満ちた青少年は、まさに虹色だ。
(色気づくって言葉は、瞳の色に変化が出るって意味なのかもね)
頭の中の辞書を書き換えているうちに、リーズが号令をかけた。
「反省会は後にしましょう。アタシたちは罠をしかけた悪魔を見つけて、元通りの体を手に入れてロンドンに帰る。そうすれば事件なんて起こらなかったも同じだわ」
「そうね。今晩、名無しの森へ潜入しましょう」
「真夜中に動けるように、ここで仮眠を取っていけばいいわ」
リーズの勧めで、私たちは夜のお出かけに備えて眠ることにした。
保健室のベッドは寮のものよりもふかふかで、私は久々に夢も見ずに眠ったのだった。




