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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第二章 寮生活はお静かに

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141/193

† † 英国紳士の独白 † †

 ――ユニコーン寮の自室に入った俺は、被っていた帽子を外した。

 カーテンをずらして、寮の前にいるアリスを見つめていると、乱暴に扉を開いてジャック君が入ってきた。


「お嬢は行ったぞ」

「知っているよ。ここから見ていた」


 俺が用意したセットアップに身を包んだアリスは、今や美しい女子生徒だ。

 揺れる赤い髪やスカート、リボンに心がかき乱される。

 もしも「似合っているよ」と囁いたら、赤くなって「やめて」と怒るだろう。

 普段は強気なくせに、口説かれると弱いところが可愛いのだ、彼女は。


(それも、今の俺では言えないな)


 俺は、悪魔の罠にかかって体が幼くなってしまった。

 まだ角の隠し方を知らなかった頃の自分に。

 背は縮み、顔は丸くなり、声も高くなった。

 窓ガラスには鋭い二本の角が映っている。


 今まで通り口説けるわけがない。こんな姿で――。


「なんでお嬢を無視したんだ。お前らしくない」


 ベッドに腰かけたジャック君は、大事な主をないがしろにされて苛立っている。

 彼の世界はアリスが全て。リーズ君もトゥイードルズも、アリスを中心にした幸せな家族の形を守っている。当主に対しての家族ならざる愛情が成せる技だろう。

 彼らの想いは強い。そして独善的だ。


 アリスの注意を引き続けなければ、誰かに奪われると不安で仕方なかった俺とは違う。

 この情けない姿を少しでも見られないためには、無視するよりなかった。


「君くらい尊大なら、体が大きくなったり小さくなったりしても平気だろうね」

「なんだそれ」


 呆れた声で言うジャック君は、小さくなっても少しも変わらない。自分に自信があるからだ。体がどうなろうと心までは傷つけられないと知っているからだ。


「俺は、君のように強くないという話だ」


 窓を離れると、差し込む西日がベッドに俺の影を落とす。


 角の影を見ると、アリスと出会った頃を思い出す。彼女は引きこもっている俺の部屋までやってきて、『ウサギ』と呼んで友達になってくれた。

 天真爛漫で、勇敢な、たくさん愛されて育った女の子なのだ。


 俺とは違って。


「もしも俺が変わってしまっても、アリスには報せないでくれるかな」

「変わる? それ以上、小さくなるのか?」

「そうだったら、どれほど良かったか」


 薄く笑って言葉をにごす。

 愛しいアリス、そしてリデルの子たちには知られたくない。


 人の皮に隠した俺の本性が、彼女たちが経験したどんな惨状よりも恐ろしく、醜悪だってことを。





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