† † 英国紳士の独白 † †
――ユニコーン寮の自室に入った俺は、被っていた帽子を外した。
カーテンをずらして、寮の前にいるアリスを見つめていると、乱暴に扉を開いてジャック君が入ってきた。
「お嬢は行ったぞ」
「知っているよ。ここから見ていた」
俺が用意したセットアップに身を包んだアリスは、今や美しい女子生徒だ。
揺れる赤い髪やスカート、リボンに心がかき乱される。
もしも「似合っているよ」と囁いたら、赤くなって「やめて」と怒るだろう。
普段は強気なくせに、口説かれると弱いところが可愛いのだ、彼女は。
(それも、今の俺では言えないな)
俺は、悪魔の罠にかかって体が幼くなってしまった。
まだ角の隠し方を知らなかった頃の自分に。
背は縮み、顔は丸くなり、声も高くなった。
窓ガラスには鋭い二本の角が映っている。
今まで通り口説けるわけがない。こんな姿で――。
「なんでお嬢を無視したんだ。お前らしくない」
ベッドに腰かけたジャック君は、大事な主をないがしろにされて苛立っている。
彼の世界はアリスが全て。リーズ君もトゥイードルズも、アリスを中心にした幸せな家族の形を守っている。当主に対しての家族ならざる愛情が成せる技だろう。
彼らの想いは強い。そして独善的だ。
アリスの注意を引き続けなければ、誰かに奪われると不安で仕方なかった俺とは違う。
この情けない姿を少しでも見られないためには、無視するよりなかった。
「君くらい尊大なら、体が大きくなったり小さくなったりしても平気だろうね」
「なんだそれ」
呆れた声で言うジャック君は、小さくなっても少しも変わらない。自分に自信があるからだ。体がどうなろうと心までは傷つけられないと知っているからだ。
「俺は、君のように強くないという話だ」
窓を離れると、差し込む西日がベッドに俺の影を落とす。
角の影を見ると、アリスと出会った頃を思い出す。彼女は引きこもっている俺の部屋までやってきて、『ウサギ』と呼んで友達になってくれた。
天真爛漫で、勇敢な、たくさん愛されて育った女の子なのだ。
俺とは違って。
「もしも俺が変わってしまっても、アリスには報せないでくれるかな」
「変わる? それ以上、小さくなるのか?」
「そうだったら、どれほど良かったか」
薄く笑って言葉をにごす。
愛しいアリス、そしてリデルの子たちには知られたくない。
人の皮に隠した俺の本性が、彼女たちが経験したどんな惨状よりも恐ろしく、醜悪だってことを。




