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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第二章 寮生活はお静かに

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四話 紅茶色の詠唱

 天文学と数学の初回の授業を終えて、私たちは食堂にやってきた。


 年老いた夫婦が調理を担当しているだけあって、出されるメニューは素朴だ。

フィッシュアンドチップス、ハギスのような定番料理がほとんど。魚や卵に加え、ベーコンなどの加工肉が多く使われているのはここが孤島だからだろう。


 大きなトレイを手に持ち、行列に並んで、ベイクドポテトやパンを皿にとる。

 授業の合間に紅茶とビスケットは口にしていたがお腹がペコペコだ。

 学校という慣れない環境に気疲れしてしまったのである。


(男子にチラチラ見られるから気が散って仕方なかったわ。こうなるから学校は男女で別れているのかもしれないわね)


 貴族令嬢は基本的に学校には通わない。家庭教師を雇って自宅で勉強する。

 課目は英語やフランス語、ドイツ語、ピアノ、ダンスといった淑女になるための教育なので、教える方も学ぶ方ものんびりしたものである。


 女子寄宿学校に通うのは、医師や法律家といった専門職につくために大学への進学を目指す、上昇志向の強いアッパークラスやアッパーミドルクラスの少女たちだ。女性に教養が必要ないとみなされる社会に負けず、自ら道を切り開かんとする姿勢は素晴らしい。


 もしも家に縛られていなかったら、私はどんな職業に就いていただろう。

 勉強は嫌いじゃないから家庭教師にはなれそうだ。ピアノもそれなりに。料理はあまり得意ではないが、スコーンくらいは作れるからキッチンメイドという手もあるだろう。味の保障はしないけれど。


(そうやって働いていても、やっぱりいつかは結婚するのよね)


 花嫁になりたいと思える男性に出会えたのは幸運だった。

 相手が珍しい本性を持っていることと、お互いに貴族なのは難点だが……。


 子羊のローストにアプリコットソースをかけたメインの皿を受け取って、空いたテーブルを探す。しかしどこも満員だ。

 どうしようかと思っていると、一角を仕切る衝立からチャールズが顔を覗かせた。


「アリス嬢、ここを使え」

「よろしいのですか?」

「おれたちはもう食べ終えたんだ。女の子がおんなじテーブルに付いたら、みんな浮足立ってご飯どころじゃないしね」


 キシシと歯を見せて笑うロビンスに、チャールズは布巾を投げつけた。


「ふざけてないで拭け。アリス嬢もテーブルを拭いてから退室するように」


 チャールズとロビンスを見送って、私と双子は席についた。

 主食や副菜をバランス良く選んだ私に対して、ダムとディーは、デザートのフルーツとケーキばかり取っている。


「二人とも、バランスよく食べないと大きくなれないわよ」

「「もう大きいのに?」」


 小首を傾げる双子は……うん、大きい。背の高さはダーク(大)に並ぶくらいだし、フットボールでトライ王に輝きそうな恵まれた体格だ。


「大きいわね。でも、私が伝えたいのは、そういうことじゃないのよ……」


 食育の難しさにうなっていると、突然テーブルに山盛りのサラダが置かれた。


「はぁい、喧嘩はそこまでよ。二人はもっと野菜を食べなさい」


 コーヒー片手に着席したのは、白衣をまとったリーズだった。

 昼食を楽しむ周りの生徒たちを、げんなりした顔で眺める。


「食べ盛りの子どもの食欲って、見ているだけで満腹になるわね。アタシ、しばらくコーヒー以外お腹に入れたくないわ」

「リーズもちゃんと食べて。二人が真似しちゃうわ」


 すると、リーズは私のお皿からパンを取って口に入れた。

 もごもごと口を動かしながら、腰に付けていた鍵束を見せる。


「見てよコレ。博物館の展示品みたいじゃない?」


 円形の金具に鍵がいくつも通されている。

 鍵は大きさも素材もまちまちで、変色した青銅の大きな鍵、針金みたいに細い黒鉄の鍵、綺麗な金と銀の鍵もあった。


「アタシが保健室を設置したいと言ったら、好きな部屋を使えって渡されたの。せっかくだから見晴らしのいい、昼寝にぴったりな部屋にしたからお嬢も来てよね。あとアタシ、ライオン寮とユニコーン寮の寮監になったから」


 寮監とは、教師がなる寮の代表管理人だ。多感な年頃の生徒たちを監督するため、生徒代表である監督生を立てる他に、教師が住み込んで生活のケアをする。


「新任の教師が選ばれることもあるのね」

「使ったわよ、烙印。もう何年も寮監を務めているっておじいちゃん教師二人に」


 あっけらかんと種明かしされる。

 高齢なのに大丈夫かと尋ねたら、「ピンピンしてたわ」と笑われた。


「これで城の内部と寮を移動しても誰にも咎められないわよ。お嬢、どうする?」


 企み顔でリーズは笑った。ダムとディーもケーキを食べる手を止めて、私の言葉を待っている。なぜなら彼らは私の駒だから。

 リデル一家を動かすのは『アリス』の采配だ。


 私は深呼吸して、寄宿学校に紛れ込んだ女子生徒から、リデル一家のボスになった。


「ダムとディーは、私に同行して午後の授業を受けるように。リーズは、ダークとジャックに接触して異変がなかったか確認を。変化があったら消灯時刻後に私の部屋へ。なければ交代で寝ずの番を頼めるかしら」

「了解。ここだと円陣が組めないのが残念だわ」


 リーズがカップを持ち上げたので、私と双子も紅茶の入ったカップを掲げて声を揃える。


「「「――すべて、アリスの意のままに」」」


 小さな詠唱は昼食の喧騒でかき消えてしまったけれど、確かに私たちの間には結束が生まれていた。



 午後の授業を終えた私と双子は、早々にライオン寮へ向かった。

 顔立ちの幼い生徒たちは芝生の上でクリケットに興じている。複数人で寄り集まって古典の解釈を話し合うのは、最高学年の生徒だ。

 近くでは校務員のおじいさんが、割った木を組んで夜間に灯す松明の準備をしていた。


 若さと老い。無垢と教養。ライオンとユニコーン。

 アーク校には、誰かが意図的に揃えたみたいに、正反対な物ばかりが集められている。


 芝生を迂回すると、赤煉瓦の寮舎が正面に見えた。

 置かれたライオン像は、出入りする生徒を迫真の表情で睥睨している。

 入り口の扉は深い茶色をしていて、鍵穴の周りが金色だ。リーズの鍵束についていた金の鍵が当てはまりそうである。


 内部には玄関ホールがあり、右手には居間、左手側には洗面室や洗濯室がある。朝、顔を洗った水はここからもらってきていた。


 ホールの階段を上った二階には生徒の部屋がある。

 上級生は一人一部屋だが、それ以外は複数人で使っていて、消灯時間になっても騒いでいると監督生の雷が落ちるとか落ちないとか……。


(侵入経路はたくさんあるわね)


 長方形の建物なので、屋根の上から見張るだけでは死角が多い。

 寮の周りではなく私の部屋を張ってもらうのが良さそうだ。


 自室にこもって作戦を考えていたら、あっという間に夜が更けた。

 夕食を食べてリーズと合流し、チャールズの部屋に戻る双子と別れる。

 ネグリジェに着替えて制服をハンガーに干していると、自然とあくびが出た。


「ふわぁ……眠いわ」

「ゆっくり休んで。アタシは窓際にいるわ」


 猫みたいに窓際に陣取ったリーズに「おやすみなさい」と告げてベッドへ戻る。

 疲れていたせいか、すぐに眠りの国へ誘われた。



          † † †



 深夜。リーズと見張りを変わった双子は、眠るアリスを静かに見つめていた。

 シーツに広がる赤くて柔らかそうな髪を見ていると、胸の奥が切なくなる。

 うっかり手を伸ばすダムを、ディーはとっさに止める。


「だめだよ」


 一心同体の弟は、アリスから視線を外して首を振った。


「アリスはダークと婚約してる」

「それは僕らが小さかったせいだよ」


 ダムは、ブランケットの上に投げ出された白い手に、自分の手を重ねた。

 以前は自分の手が隠れてしまった。けれど今は包み込めるほど大きい。


「僕らは大人になった。もう我慢することない」

「そうかな」

「そうだよ」


 瞳を光らせて微笑んだ二人は、アリスの両頬にそっとキスを落とした。


「「アリス、だいすきだよ」」


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