一話 ノーモア妄想!ASMR
ライオン寮の二階。
本来であれば上級生が使う個室の木製のベッドで、私は目覚めた。
部屋はがらんとしている。マットレスは硬く、カーテンは薄い。昨晩はトランクから引っ張り出したネグリジェでは寒くて、布団に丸まってやっと眠った。
(う~ん、まだ眠いわ……)
目蓋の向こうが明るいのになかなか起きられないでいると、突然ドサッとベッドが沈んだ。続けて、両耳にふっと吐息がかかる。
「「ねえ……起きて?」」
「ひゃあぁああっ!」
リアルASMRに跳ね起きた私の左右には、トゥイードル兄弟(大)が寝そべっていた。
ベッドに肘をついて頭を支えた姿はファッション誌のモデルのようだ。くつろげたシャツの襟元からたくましい肉体が覗き、喉仏の出た首は太く、手足は長い。
伸びた髪が泣き黒子のある目元にかかるのは、扇情的で目に毒だ。
彼らは昨晩、チャールズの部屋で寝たはずなのに!
「こ、ここ、ここで何をしているのあなたたち!?」
「いつもの?」
「添い寝?」
美貌を傾げられて、思わず顔面がパーン! と爆ぜそうになった。
(忘れてたわ。この二人、成長すると超絶イケメンになるんだった!)
私より大分年下だが、ダムとディーもれっきとした攻略対象キャラクターだ。
トゥイードル兄弟ルートは、お子様にも安心な健全エピソードで構成されている。
トゥルーエンドに到達すると、成長した二人と『いつまでも一緒にいようね』と誓い合うエンディングと特別スチルが見られる。
ウェディングドレスを身にまとい、真っ赤な薔薇で作られたブーケを手にしたアリスの頬に、両側からキスをする双子が見どころだ。
そのため彼らは、もっともファンディスクが期待される攻略対象でもあった。
(落ち着いて私。二人は家族! ノーモア妄想!)
ゼーハーゼーハー深呼吸していると、双子はのそっと起き上がった。
「リーズは朝早くに見回りに出た」
ダムは腕を伸ばして、寝ぐせがついた私の髪を撫でた。
「チャールズはまだ寝てる」
ディーは、ダムより優しい手つきでネグリジェの衿を整えてくれた。
「「計画を立てるなら今」」
「そっ、そうよね! みんなの成長をちぐはぐにした悪魔を見つけ出して、このヘンテコな状態を解消しないと。長く留まれば留まるほど命の危険は高まるわ」
悪魔が私たちを狙い撃ちにしたのか、それとも不特定多数を狙ったのかは不明だ。
分かるのは入島者を待ちかまえていたということだけ。
相手が罠の発動に気づいているとすると、私たちは蜘蛛の巣にかかった蝶より脆弱だ。
もしもここで、リデル一家が壊滅させられたら。
(この国は大混乱に見舞われるわ)
裏社会に影響力のある勢力は、リデル男爵家以外にもいくつかある。
ライムハウスの中華街でアヘン窟を運営する刻龍商会。
国中の情報屋たちを束ねて、警察にも一目置かれているマダム・キャサリン。
悪徳で栄えた富裕層から財産を奪い、ロンドンで逮捕処刑された義賊ゴエモンの配下衆など、枚挙にいとまがない。
階級や人種が複雑に絡み合ったロンドンでは、薄汚い商いでしか生きていけない人々が多数存在する。彼らはその元締めのようなものだ。
いうなれば必要悪。だからリデル一家は彼らを断罪しない。
しかし彼らは、リデル男爵家が絶えたら、代わりに自分たちが裏社会を統べると名乗りを上げるだろう。
実際、惨劇により私がイーストエンドに潜んでいた間に、ヴィクトリア女王に接触しようとしていた勢力はいくつかあった。
私がベアに保護されて男爵家を復興させたので事なきを得たが、新勢力が争うとなればロンドンは今以上に血なまぐさくなる。
リデル一家の役目は、絶妙なバランスで成り立つ裏社会の秩序が崩れないように制すること。凶悪事件の犯人を粛正するのは、お前も同じようになるぞという悪人への牽制だ。
その仕組みがなくなれば、どうなるかはお察しである。
「早く悪魔を見つけないと、最悪殺されてしまうかも」
「「すぐには殺されない」」
「なぜそう思うの?」
ベッドにあぐらをかいたダム、膝を曲げて座るディーは、それぞれ持論を展開した。
「本気で殺すつもりなら、食べ物に毒を入れておく」
「相手は生かすつもりで、毒じゃなく術をかけた」
「言われてみれば、そうね」
私たちを殺すのが目的なら、食べ物に致死性の毒を混入させるべきだ。
術で成長具合を変えて、何の得があるというのだろう。
「悪魔は何がしたかったのかしら……?」
リンリンリン。鈴の音が廊下を通り過ぎていった。
寮生を起こす目覚ましだ。
鈴が鳴ったからには、この部屋の向かいに住むチャールズも起き出すだろう。
朝のミーティングはここまでである。
「ダムとディーはこのまま転入生として振る舞ってちょうだい。ダークとジャックにも同じように伝達して。悪魔が私たちの命を狙っていなくても、何かしらの接触をしてくるはずよ。奇妙な相手を見つけたらすぐに報告を」
「アリスは誰が守るの」
「アリスが一番危ない」
水色の瞳が心配そうに揺れる。
私は、二人を安心させるようにそれぞれの頬に手を当てた。
「平気よ。暴漢には銃弾をお見舞いしてやるわ」
薄く微笑む私の後方、枕の下からは拳銃が顔を覗かせていた。




