† † 地獄へ落ちる恋 † †
捨て台詞にしては優しい言葉を言い残して、公爵夫人は地下へと吸い込まれていった。光の銀河は体だけではなく、宙に現われた鏡をもトプリと飲みこんだ。
ダークの力で地獄に封じたのだ。
これで、公爵夫人は二度と地上に現われることはない。
抵抗しなかったのは、自らそうなるのを望んだからだろう。地上に残っても、愛したシャロンデイル公爵と共に暮らすことはできないのだから。
公爵と令息レガードの身は、事情を聞きつけたヴィクトリア女王の庇護下に置かれている。
かねてからイーストエンドの治安の悪さを気に掛けていた女王は、切り裂きジャック事件の捜査についてたずねる手紙を、ドードー警部に送っていた。
警部はそれに応えるために犯人逮捕を急いだ。ジャックが重要参考人から容疑者に格上げされたのは、このせいだったのである。
「切り裂きジャック事件は、これで解決だ。真犯人の行方が、うやむやになるという形でね。未解決も同じだが、彼女の正体が悪魔だとドードー警部に知られるよりはいい」
ダークが力を解くと、紋章の光は蛍のように舞い上がり、乾いた空気に溶けていった。
「殺人犯に同情するのはいけないことでしょうけれど、スージー様が可哀想だったわ。彼女はシャロンデイル公爵と夫婦でいたかっただけよ。懸命に、良妻賢母らしく振る舞っていらしたもの」
「悪魔でも人間らしく生きていけると、公爵に示したかったんだろうね。アリスが気づかなければ、公爵の気持ちが戻ってくるまで、あのままごとを続けていただろう」
「人間と悪魔の恋って難しいのね」
鏡の悪魔がいつどこで公爵に恋をして、どんな手を使って妻の座についたのかは不明だ。
そうまでして公爵の愛を得たかった彼女の必死さには、私も思うところがある。
人間に恋した悪魔とは、鏡写しのように正反対の、悪魔に恋する人間だから。
ダークはというと、何が起きても平気そうな顔をしている。
「俺は人間育ちだから心配はいらないよ。それに、障がいが多ければ多いほど、君への愛は強くなる一方だ。俺の本質が悪魔だからだろうか?」
「それは、違うと思うわ」
私は、自分の胸元の、ちょうど烙印がある位置に手を当てた。
「私も、同じ気持ちだから」
正直に告げると、ダークは幸せそうにはにかんで、私を抱きしめてきた。
私の鼓動はトクントクンと弾んで、愛しさに胸がはち切れそうになる。
(この気持ちがあるかぎり、私とダークはいっしょに歩いて行けるわ)
ダークと幸せに生きて、いつか地獄に落ちたらば、公爵夫人に会って教えてあげたい。
手助けなんかなくても、悪魔と人は、揺るがない愛を育めるということを。




