九話 美しい夏と共に……は消えた
体を離すと、ジャックは距離をとって見守っていたダークにうろんな目を向けた。
「あんたは指輪を取り上げないのか。あの公爵夫人がやったみたいに」
「それは君が心を込めて贈った物だろう。取り上げる権利は俺にはない。外すのはアリスの意思でなければならないし、それに――」
ダークは、私の左手を持ち上げると、薬指にキスを落とした。
「俺が指輪をはめたいのは、こっちなんだ」
「ダーク!」
カッと顔が熱くなった。
だが、私が真っ赤になっても、ダークは引かない。
夜空の付のように美しい笑みを浮かべて、ジャックを挑発する。
「番犬君とブッキングしなくて良かったよ。君には、リデル男爵家の執事として、これからもアリスのことをよろしく頼みたい」
「何がよろしくだ。うぜぇ……」
ジャックは、ギっと奥歯を噛みしめて悪態つく。
「お前みたいなふざけた奴に、お嬢はやらない」
「アリスは番犬君のものではないだろう。それに君は、周回遅れだという事実にそろそろ目を向けた方がいいよ。歴史上のどんなジャンルにおいても、敗者復活戦から勝ち上がって優勝したチームはいないんだ。勝者というのは、二歩も三歩も先に行っているものだからね。たとえるなら、君が油断している隙に、アリスと何度もキスしている俺のように」
「この野郎!」
ダークに片目をつぶられて、ジャックはキレた。
腰元を探って、サーベルを身につけていないことに気づくと、手をつないで様子を見ていたトゥイードルズを呼ぶ。
「そのくちびる、切り落としてやる。双子、武器を貸せ!」
「「持ってきてない」」
「落ち着きなさい、ジャック。法廷に武器は持ち込めないのよ。あるのはアタシのベルトくらいね。締めるなら協力するけど、人目に付かないところに行ってからにしてくれる。また裁判沙汰になるのはごめんだわ」
やれやれと言い放つリーズの後ろで、ヒスイが布でくるんだ大皿を持ち上げた。
「タルトは? ゴシュジンの喉、ツマらセレバ、カンゼン犯罪成立」
「こら、ヒスイ。主人を売るのはやめなさい。君たちも、もう少し俺の命を尊重してくれないかな。リデル一家のために、それなりに頑張ったんだからね。アリスの真っ当な婚約者として認められてもいい頃合いだと思うんだが……」
ダークがおうかがいを立てると、双子は顔を見合わせた。
「いまはまだ保留?」
「あとのため留保?」
「これでも駄目か。リデル一家は手厳しいね」
双子の評価により、ダークは私の婚約者の候補というキープ状態になった。
不穏な会話と正反対の賑やかな雰囲気に、私は「ふふっ」と声をもらしてしまう。
「笑ってごめんなさい。前みたいに戻れたのが、嬉しくて」
私の顔を見て、みんながほっとした表情になる。
夏は過ぎ去ってしまったけれど、束の間の平和はまた戻ってきたのだ。




