表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第七章 悪魔の恋わずらい

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

122/193

八話 真っ黒な愉悦

 名前を呼ぶと、ジャックの顔がこわばった。

 どんな表情で私に向き合えばいいのか、分からないのだろう。一世一代の告白を拒絶されてしまったのだから。


 断った私も気まずい部分はあるが、だからって家族の絆まで壊した覚えはない。


 私は腕を上げて、ジャックの頬をパシリとはたいた。

 彼は衝撃で横っ面をさらす。


「私、悲しかったわ。あなたが、深夜にお屋敷の外で働いているなんて知らなかったもの。約束を破って外出するなんて考えられなかったもの」

「……すまない」


「だけど、一番腹が立つのは、それを見抜けなかった私自身によ。あなたは少しも悪くない。今回の件で愛想を尽かされるべきなのは、当主として油断していた私だわ!」


 私の言葉にはっとしたジャックは、赤くなった頬を押えて振り向いた。


「お嬢……」

「他人に頼ってばかりで一家を不安にさせて、侵入者への警戒を怠って家族を連行されたあげく、油断して河に投げ出されるなんて、情けないわ。もしも鏡の悪魔が、ジャックではなくリデル男爵家を狙っていたら、我が家は壊滅させられていたかもしれない。リデル男爵家当主としてのあり方を、切り裂きジャック事件が思い出させてくれたの」


 鏡の悪魔の思惑通りに転がされたことは屈辱でしかない。

 だが、煮え湯を飲まされたことで、私の頭は完全に醒めた。


 こんな思いは二度としないし、一家にもさせない。絶対に。

 私は、ジャックの胸元に寄りかかって、シャツの上から爪を立てる。


「もう誰にも奪わせないわ。ジャックの目玉も血も、髪の毛の一本さえ、私のものよ」

「いっ……」


 ジャックの顔が痛みで引きつった。

 薄い爪は刃のように肌を裂き、傷口からあふれ出した血が、白いシャツを染めていく。


 その様はまるで、赤い薔薇の花が開いていくようだった。


 私は、濡れる指先を見つめながら、悪魔が烙印を焼き付けるように、ジャックの体に消えない傷跡が残ってしまえばいいと、ろくでもないことを思う。


 ギリギリと力のこもる私の右手に、自分が贈った指輪を見たジャックは、何もかもを受け入れた表情で頭を垂れた。


「好きにしろ……。オレを生かすも、殺すも、お嬢の自由だ……」

「ありがとう、ジャック。私、とても嬉しいわ」


 柔らかく微笑んだ私は、爪を引き抜いてジャックの鼓動に耳を澄ませた。


 周囲からは抱き締めあっているように見えるかもしれないが、私とジャックのあいだに結ばれたのは、ほの暗くも感傷的な主従の誓いだった。


 ジャックの意思、感情、生死さえも、全てが私に委ねられた。


 もう一生、彼は私を裏切らない。

 自分勝手に行動して、一家を危険にさらすくらいなら死を選ぶだろう。


 支配欲が満たされた私は、真っ黒な愉悦に包まれる。


(私の他に、誰がリデル一家の当主をつとめられるというのかしら。あなたもそう思うでしょう、『アリス』――)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ