七話 有罪か無罪か切り裂きジャック
夫人の眉間に、ピシッと深い皺が入った。
目尻やこめかみ、口元の辺りにも亀裂のような線が浮き上がる。怒れる形相は、まるで割れた鏡に映したようだ。
「知っていますわ。その子の名前は『レガード』です。指輪にある『REGARD』という単語は、公爵へのメッセージではなかったのですわ。公爵と一緒にいられないケイトさんは、赤ちゃんの名前を宝石で作り、公爵に身につけてもらおうとしたのです」
私は、右手の薬指にはまった指輪を指先で撫でた。
一緒にいられないなら、せめて相手に関わるものを身につけておきたい。
そういった人情は、悪魔には理解できない行動かもしれない。
「リデル男爵令嬢はこう言っておられますが、そうなのですかな。裁判長殿」
ドードー警部が問いかけると、トレヴァーは眼鏡を指でおさえつつ、手元の宝石を左から右へと読んでいった。
「ルビー、エメラルド、ガーネット、アメジスト、ルビー、ダイヤモンド……確かに、宝石の頭文字でレガードという単語が作られていますね。被害者の息子が、レガードという名前だということも、養育費請求のための調査報告書で明示されていました。アリス様の証言は事実です。シャロンデイル公爵夫人、弁明があればお聞きしますが、どうされますか?」
あくまで公平に意見を聞こうとするトレヴァーに対して、手を止めた陪審員から疑いの視線が公爵夫人に送られる。指輪に込められた意味を知らなかった公爵夫人は、しわしわになった顔をさらに歪めた。
「旦那様にふさわしくない安物だと思って取り上げたら、子どもの名前でしたのね。あの女、最期まで小賢しい真似をすること……」
「シャロンデイル公爵夫人を捕えなさい!」
ドードー警部の命令で公爵夫人は捕縛された。
抵抗せずに公爵を見つめる瞳には、恨みや憎しみといった言葉では表せないような、切ない感情が浮かんでいた。
「旦那様、どうかわたくしを忘れないでくださいませ。わたくしは、ずっとあなたをお慕いしておりますわ」
「すまないが、わたしは君と結婚してから起きた全てを忘れたい」
「そう、ですか……」
肩を落とした公爵夫人は、法廷から連れ出されていった。
これから彼女には、ドードー警部による取調べがなされるはずだ。
ジャックとは比較にならないほど、厳しくつらい状況に置かれるだろう。
傍聴席では、新聞記者らしき男が必死にメモをとっている。
真犯人と誤認逮捕についての記事が、明日の一面を飾るのは間違いない。
騒がしくなる法廷に向けて、トレヴァーは再度、ガベルを打ち鳴らした。
「――静粛に。判決を言い渡す。被告人、ジャックは無罪。脱獄についての調書には協力をあおぐが、この法廷において裁かれる罪人はいない。……お疲れ様でした」
解放宣言は穏やかなものだった。ジャックから手錠が外される。
自由になった彼は、信じられないような顔つきで被告人席を下りた。
「「ジャック、おかえりなさい」」
まずは双子が抱きつき、続いてリーズが肩を叩いた。
「大変だったわね。真夜中に外出して疑われるような行動をとったり、お嬢を誘拐して指輪を渡したり、やりたい放題やられて、今回ばかりは愛想が尽きそうだったわよ~」
迷惑そうな口調だが、怒っている雰囲気はなかった。
連行されるまえと変わらない家族の歓待に、ジャックの方が戸惑っている。
「愛想なんか尽かしたらいいだろ……。オレは、お前らからお嬢を奪おうとした。自分だけのものにしたくて、脅して連れ去る真似もした。当主に危害を加えようとしたとして、リデル男爵家を追放されてもおかしくない。先代だったらそうした」
「悪いけど、先代なんかお呼びじゃないのよ。ジャックの処遇を決めるのは、当代に決まっているでしょ。許しを乞うならこっちにしなさいな。そうよね、お嬢?」
リーズに視線を送られた私は、赤ちゃんをシャロンデイル公爵に託して、ジャックに歩み寄った。
真顔で近づいていくと、空気を読んだ双子がジャックから離れる。
「ジャック」




