七話 夏は過ぎ去る、残酷に
思いふけっていると、向こう側からカーテンが引かれた。
鏡の世界を覗き込んできたのは、ダークだ。
「アリス、トレヴァーは帰ったよ。番犬君の裁判の日取りが決まったそうだ。彼を救うために猶予はほとんどない。どうやって真犯人を追い詰めようか?」
私は、紙に返事を書きつけて掲げた。
『確かめたいことがあるの。シャロンデイル公爵邸に行くわ』
「俺も行こう。鏡やガラスの向こう側で何をしているか分かるように、ステッキを付いて歩くよ。この音がしたら俺はそばにいる。分かったね?」
合図を決めて、私たちは夜の街に出た。
ガス灯が照らす誰もいない道をひた走る。鏡のなかは時間もあいまいだ。
油断していると、時間が吹き抜けるように過ぎる気がするし、永遠に夜のままの気もする。
空気は冷たく、この世界に光輝いていた昼間があったとは信じられない。
カップに注いだ紅茶と同じように、温かいときは無常に過ぎ去ってしまう。
人の愛情も、同じだ。
いくら嘆いても、鏡の悪魔にとっての夏はもう戻ってこない。
それに、彼女自身が気づいていないから、事件は起こってしまったのだ。
シャロンデイル公爵邸に辿りついた私は、敷地の荒れように驚いた。馬車で乗りつけたときは目に入らなかったが、門は錆びついているし、前庭は雑草が伸び放題だ。
こちらの世界には、公爵夫人が見た光景が反映されているはずなので、現実世界の屋敷も同じように荒れ果てているだろう。
玄関の重い扉を押し開けた私は、屋敷の内部に人がいないのを確認する。
「お邪魔します……」
靴跡がついた埃っぽいホールを過ぎて、応接室に入る。
現実世界で見たのと同じ配置で、ソファとテーブルが置かれていたが、テーブルの上には、大量の哺乳瓶や布のおむつがあった。
公爵夫人は、空中に作った鏡を通して、この部屋に手を伸ばしていたようだ。
育児には便利そうだが、部屋の隅にゴミが積み上がっていて、衛生面ではよろしくない。
私は、マントルピースの上にある、布がかけられた鏡に手を伸ばした。
「あの日、布をめくっていたら、哺乳瓶が見えていたかもしれないわね」
布をそっと持ち上げると、至近距離を人影が通った。
悲鳴を上げそうになったが、何とかこらえて死角へと入る。
(誰!?)




