三話 英国紳士流の激怒
リーズは、憂いのある表情で、束ねた髪を指に絡ませた。
「あなた、お嬢が今どこにいるか、分かっているんじゃないの。ジャックに誘拐されたときは、その力で見つけたじゃない?」
「そのはずなんだがね」
ダークはステッキを床に立てて目を閉じた。
外部から入る情報を遮断して、体の内側に耳を澄ます。
自身が持っている三日月の紋章を思い出して、それを焼きつけた愛しい少女の息づかいを探っていく。
『――――』
真横を通り過ぎていく気配がした。
目蓋を開けるが、空いた椅子や白いクロスがかけられたテーブルが目立つばかりで、アリスの姿は見えない。
「近くにいる気配は感じる。だが、姿が見えない。トゥイードルズの異能のような特殊な力が働いて見えなくなっているのか、それとも、魂だけになってしまったのかも不明瞭だ」
「魂だけって……」
「そうなっていたら、俺が地獄へ連れて行かなければならないね」
遠回しに死亡宣告するダークを、リーズはキッと睨みつけた。
「お嬢が死んだかもしれないって言うのに、ずいぶん落ち着いているのね。あなたのお嬢への愛情って、その程度のものなわけ?」
「俺が冷静に見えるかい」
薄く笑って、ダークは帽子のツバを持ち上げた。
高いトップで隠されていた頭には、悪魔の証である二本の角が伸びている。
誰かに見られたら致命的だが、正体を隠す余裕など、とうに失っていた。
「今の俺をからかわない方がいい。アリスを取り戻すためなら、何だってできそうな気分なんだ。河に飛び込もうとした君なら、分かってくれるだろう」
ダークの瞳には強い憤りが宿っている。
背を向けたら八つ裂きにされそうな気迫に、リーズはのまれた。
爵位を笠に着て、のらりくらりと生きている青年という印象だったが、やはり人間とは違う。
ダーク・アーランド・ナイトレイは悪魔なのだ。
しかも、微笑みの下に、すこぶる恐ろしい本性を隠している。
「それでは、俺は行くよ。気を付けて帰りなさい」
ダークは、帽子を戻してレストランを出た。
広い背中が見えなくなると、リーズは、死地から生還したような心地で長い息を吐いた。
「ふー。本性が出るほど怒ってるってわけね。分かりづらい男だこと」
でも、面白い男だとも思った。
毒花のように強い『アリス』には、あれくらい癖がある相手の方がいいかもしれない。
「アタシの一存でどうなるものでもないけど、婚約者として認めてやってもいいわね。もしも、お嬢を生きたまま見つけてくれたなら、だけど――」




