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【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第六章 鏡写しのアリス

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一話 望まないかくれんぼ

「まだ見つからないのか」


 桟橋の先に立ったダークは、苛立った表情でテムズ河を見下ろした。

 スクリューでかき混ぜられた水は濁っており、水面にはボートの残骸が散らばっている。


 砕けたボートには、アリスが一人で乗っていた。


 岸を離れて漂流していた彼女は、ロンドン橋の通行人に手を振って助けを求めたが、救助されるまえに遊覧していたプリンセス・アリス号の航路に横入りして衝突した。


 重ねて起きたのがアンカーの落下事故だ。

 ボートは真っ二つになり、アリスは河へと投げ出された。


 それから捜索が続いているが、いっこうに見つからない。

 彼女が身に着けていたドレスも、靴も、ポシェットも、何もかもが消えてしまった。


 通報を受けて駆けつけたドードー警部は、幾度も確認した懐中時計を開く。


「伯爵、あれから三時間と六分二十三秒も経ちました。そろそろ潮時ではないかと思うのですが……」


「口をつつしみたまえ、ドードー警部。アリスはまだ生きている。ここで捜索を打ち切れば、俺はあなたを地の底まで追い詰めるが、覚悟はいいかな?」


 歌うような調子で脅された警部は、このままでは我が身が危ないと、通りがかったなで肩の警官を叱りつけた。


「捜索はどうなっているのですかな! 人員を増やして、徹底的に水底を探らせなさい。流されている場合も考慮して、下流まで捜索範囲を広げるように!」


 完全に八つ当たりだ。ダークは、桟橋を歩いて岸へと戻った。

 ボートハウスの前には、シャロンデイル公爵夫人が座り込んでいて、公爵が甲斐甲斐しく彼女をなぐさめていた。


「公爵殿下」

「ああ、ナイトレイ伯爵か。アリス嬢は見つかったかい?」

「いいえ。これから下流まで捜させます」


「うう……。わたくしが、わたくしが、悪いのですわ……」


 おくるみに顔を伏せていた夫人は顔を上げた。

 アリスが事故にあってから、自分のせいだと泣き続けていて、頬には涙のあとが残っている。


「我が家のボートでアリス様とお話していたのですが、この子がお腹を空かせて泣き出してしまったので、茂みに隠れてお乳をやろうとボートを下りましたの。川を眺めているとおっしゃったアリス様を一人残して。そうしたら、ボートが岸を離れて流れていってしまって、プリンセス・アリス号と衝突して……」


「アリスが乗っていたボートは、川岸にロープで繋がれていたはずです。それが斧によって切断されていたと、ドードー警部より報告がありました。何者かが、アリスを殺そうとしたのです。公爵夫人のせいではありません」


 断言したダークは、困った表情をしている公爵に耳打ちした。


「公爵夫人は、だいぶお疲れのようです。お子様もいらっしゃることですし、お屋敷に戻って休ませてあげてください。警察からの報告はこちらで取りますのでご安心を」

「それは助かる。ナイトレイ伯爵、君もあまり気を落とさないように」

「お気遣い、痛み入ります」


 ダークは、ステッキを腕にかけて一礼し、その場を後にした。


 事故を目撃した衆目は、進展しない捜査に飽きて散りはじめている。

 出店やアイスクリームスタンドのパラソルは閉じられて店じまいが進む。もうじき夜になるからだ。


 客がまばらになったレストランのバルコニーに戻ると、心配そうに待っていたトレヴァーに詰め寄られた。


「ははは、伯爵! アリス様はどうなりましたっ?」

「影も形も見つからないよ。髪飾りさえ浮かんでこないから困っている」


「そうですか……。大型船との衝突は凄まじい衝撃だったでしょうから、気を失って流されたのかもしれません。ご無事だといいのですが……」


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