表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【翻訳英語版③巻発売】悪役アリス  作者: 来栖千依
第五章 プリンセス・アリス号の悲劇

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

100/193

三話 英国紳士は嫉妬ぶかい

「大盛況だ。アイスクリームスタンドとコーヒーの売店は、過去最高益を売り上げるだろう。あの道端の人だかりは……。ティエラ嬢が『ひんやり甘~い☆ロンドンアイスクリーム』を売っているようだ」


「シャロンデイル・ガーデンズから出張販売をしに来ているんだわ。商魂たくましいわね」


 招待状が届いてから十日後。

 ロンドン橋近くにあるレストランの二階のバルコニーで、私とダークはテムズ河一帯を見下ろしていた。


 歴史上のヴィクトリア朝時代のテムズ河は、汚染されてヘドロが溜まっていたことで有名だ。

 ここは乙女ゲーム世界のせいか、汚い要素はできるだけ排除されている。水は澄んでいて公害の心配はなく、ホワイトチャペル地区で感じた嫌な臭いもしない。


(そうでなければ、ここまで人が集まらなかったでしょうね)


 橋の欄干に、遊覧船『プリンセス・アリス号』が色とりどりのリボンで繋がれている。


 川下りのための船と聞いていたので、船外機を備えつけた小型船を想像していたが、実際には大海まで出られそうな大きさだ。

 船首には航海の無事を祈る、美しい女神の像がある。


 進水式というのは、新しく造られた船を初めて水に触れさせるときに行う儀式のことだ。

 独身女性がシャンパンのボトルを船体に当てて割ることで、航海中の無事を祈るという伝統がある。


 アリスという名前にちなんで私に白羽の矢が立ったが、船の命名はヴィクトリア女王の王女アリスから引用されたので、本来は一切の関係がない。


 ちなみに、船に女性の名前を付ける理由は、ひんぱんに船体を塗装し直す様子が女性にお化粧しているようだからだとか、船員は男性であることが多いので愛着が湧くように船を女性扱いしているだとか、諸説ある。


 同じ女性だと思うと、ちょっとだけ船に親近感が湧くのは私だけだろうか。


「貴族は自分の領地にいる時期だから、集まったのは市民が多いようだね」


 ダークは、海賊が持っていそうな真鍮の単眼鏡を伸ばして、辺りを観察している。


 今日の服装は、海軍将校のようなダブルボタンコートだ。

 スカーフタイは白いレース地で、ラインテープを叩きつけたトップハットには大きな羅針盤が取りつけられている。


「ロンドン橋のたもとに建てられたボートハウスに、シャロンデイル公爵と公爵夫人が入っていくよ。夫人の手にはおくるみがあるね。寄り添っている姿は仲睦まじい」

「見せかけの愛情ではないかしら。公爵は別の女性と不倫なさっていた方よ」


 妻がいながら、他の女性と恋仲になったなんて酷い人だ。私が結婚相手だったら、頬を張り飛ばして離婚している。

 貴族の場合は政略結婚が当たり前で、愛人を持つことも珍しくないから、夫人は納得ずくかもしれないが。


(やっぱり悲しいと思うわ。結婚相手に別の恋人がいるなんて)


 自分だけを愛してほしい、大切にしてほしいと願うのは、決して高望みではないはずだ。

 生きる国や次元が変わっても、たとえ乙女ゲーム世界の住民になっても、そこに息づいている人々には心があり、希望や理想があるのだから。


(ダークは、そんなことしないわよね)


 私はチラリとダークを見た。

 一途な人だと分かっていても不安になるのが乙女心だ。


 ダークは魅力的な男性なので、ナイトレイ伯爵家夫人の座を狙う令嬢は多くいる。

 これから、私より素晴らしい少女に心を奪われる事態が全くないとは言いきれない。


(乙女ゲームの主人公が、浮気の心配をしなければならないって、どうなの?)


 不条理にうなっているとダークに気づかれた。単眼鏡を下ろして笑いかけてくる。


「俺にみとれた?」

「みとれてなんかいません。私のドレスがどことなく貴方とおそろいなのは、どうしてかと考えていただけよ」


 今日の私は、ダークに贈られたドレスを身につけている。


 ダークのスカーフタイと同じレース地をメインに使っていて、黒いリボンがライン状に入れられたセーラー衿が特徴だ。

 巻いた髪にのせた船員帽子には、小さな羅針盤が飾られている。偶然と流すには、ダークとの装いとの共通点が多すぎる。


「おそろい風なのは、細やかな独占欲さ。今日は近くに居られないからね」


 ダークは私の右手をとって、ジャックから渡された指輪の上に口づけた。


「君をエスコートするのはリーズ君だが、俺もジャック君もそばにいるよ。ビル・トレヴァーも来る予定だ。公爵の口を割ったら、すぐに呼びたまえ」

「ええ。せいぜい気に入られてくるわ」


 私はバルコニーを離れて、レストランの一階に降りた。


 店内は、進水式を観覧にきた市民で満席だ。

 恋人がお茶だけで語り合うテーブルもあれば、家族連れが食事をする賑やかなテーブルもある。入り口に置かれたスツールには、幼い女の子と二人連れの老女が腰かけて、マザーグースを口ずさみながら順番を待っていた。


(シャロンデイル公爵の事業を通じて、たくさんの人々が笑顔になっているわ)


 公爵が経営するプレジャーガーデンズを見たときも思った。

 利益を重要視するのであれば、園内の手入れや花火や気球など凝った催しはせずに、大量の人間を短時間で入れ替える方法が効果的だ。


 しかし公爵はそうしなかった。

 人々がゆっくりと余暇を楽しめるように場を整えて、さまざまな余興を提供している。人を楽しませる企画は、人を大切に思う心がなければできないものだ。


(なぜ、こんなにも立派な方が、不倫なんてなさったのかしら……)


 考えて歩いていたら、すれ違いざまに男性客に肩をぶつけてしまった。ふらついた私の目は、相手の眼鏡についていた蛇の形の留め金にひきつけられる。


「わわわ、眼鏡がっ!」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ