童話 最後のクリスマスプレゼント
小学校六年生の子に、サンタクロースから最後のプレゼント
私は、人生で一度でもサンタクロースからのプレゼントに喜んだことがあるのなら、「サンタなんていないよ」というのは冒涜だと思っている。
サンタは、ロマンなのだ。いる、いないではない。そこでもらった夢が、感情が、サンタクロースなのだと思う。
矢久の描く童話というものの位置づけは、娘に言って聞かせてやりたいこと。……これ以外の意図はない。そしてこの童話の意図は、そんな娘に、「サンタなんていないよ」というような人間になってほしくないという願いを込めている。
(もっとも、娘たちはまだきっとこのような童話は読めないが)
親が子に残してやれるものってなんだろう。
地位か、財産か、いや……
モノに対する考え方と、生き様だと思う。
それが実際、子に理解されるかは別だ。しかし親は、子が理解するか否かに限らず、言い続け、見せ続けるべきなのだと思う。
サンタクロースを信じさせることなど社会的には何の価値もないことだ。しかし大切なのはそれを信じること自体よりも、物理的存在ばかりが人生において意味を持つものではないということなのではないか。
矢久はそう思う。だから子にはそう言い聞かせたいが、他人の子にまで影響力を持ちたいとは思っていない。例えばこういう話を見たその子の親が「そうではない」と思えば、そうではないことを教えればいい。そうではない自分を見せればいいのだ。人様に迷惑をかけないうちは、何が正しい、何が間違っているなどということはないのだと思う。
ただ、矢久の童話を見て「なるほど、それはいい」と思えた部分があった読者は、そのように子に伝え直せばいいのだろう。
私は、言いたいことがたくさんある。
たくさんたくさんありすぎるから、小説などを描いているのである。




