7話上洛戦
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この2ヶ月運良く誰にも邪魔されずに軍備拡張をでき、当初の見積もりより兵が集まりその数7000になっていた。そして織田信長の出陣の知らせが善朗たちの元にもたらされた。
「殿、織田勢はあと4日で愛知郡に到着するようなのでそろそろ準備を始めましょう。」
「では源三郎、頼んだ。」
「かしこまりました」そう言うと源三郎は準備を開始したが、織田勢は彼らの予想より早く進軍し2日早く到着したので善朗たちは慌てながらも素早く準備を終え信長の陣へ向かった。
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善朗は織田の陣に入った。そして織田信長に謁見した。
「お初にお目にかかります、村山善朗にございます。この度は織田様にお味方する為に参上仕りました。」
信長は善朗をみてやや笑いながら話した。
「村山善朗、大義である。よくここまでの兵を集められたものだ。だが早速だがお主には箕作城攻めの先鋒を任せる、しっかり励め村山善朗。」
「はっ、この命賭けて励みまする。」
そう言うと善朗は陣を出て兵を率い箕作城へ向かった。
史実では、丹羽長秀、木下藤吉郎(後の豊臣秀吉)などの信長の側近達が箕作城を攻めたのだが、今回は善朗だけが攻めその監視として織田家家老の佐久間信盛率いる軍が善朗の部隊の待機していた。信長は先鋒と言いながら実質善朗だけに攻めさせ、善朗の忠誠を試しているのである。
このことをなんとなく察した善朗はなんとしてでも箕作城を落とすと決意を固めた。
箕作城は山城で道も一本しかない要害であった。そのため普通に攻めると犠牲が大きくなってしまうため早急に落とすための策を考えなければいけないのだ。
「殿、ここはやはり力攻めでいきましょう」
「いやそれではこちらの犠牲が大きくなってしまう。ここは兵糧攻めがいいと思います」
「それも時間が掛かりすぎるぞ。」
この様に箕作城を攻略のための軍議はなかなかいい案がでず、刻一刻と時間が過ぎていった。
「殿、夜襲はいかがですか。」
「夜襲か、いい案だ。それなら源三郎、松明を大量に用意して...をしてくれ。」「かしこまりました」
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そして善朗たちは、日が暮れるとすぐに動いた。
まず源三郎は箕作山の麓から約50箇所に松明を重ねる様に配置して頃合を見て着火し、それを合図に朝行と左衛門佐の部隊が箕作城に攻めかかった。
「行け、攻めを落とせ!」
「織田が攻めてきた!」「城を守れ!」
敵は善朗たちは兵糧攻めをすると勝手に思い込んでいたため城兵たちは急に攻めて来た善朗軍に動揺したが、抵抗する者もそれなりにいたため城を落とすことはできたが、善朗軍も1000の犠牲が出てしまった。
この夜襲は善朗は知らなかったのだが史実で木下藤吉郎が行った策で、その時も今の善朗軍と同じぐらいの犠牲を払って勝利を収めた。
箕作城を落としたとの同時に織田軍は佐和田城も落とし、信長は箕作に陣を敷いた。
そして善朗は、信長に呼び出された。
「善朗、大義である。この箕作城を落としたことは大きいぞ。」
「勿体無きお言葉、ありがとうございます」
「お主が一日で落としたおかげで佐和田城の兵も逃げ出し、ひいては報告によれば六角承禎は観音寺から逃げ出したそうじゃ。」信長は上機嫌に語りそして、
「村山善朗、今回の功績は大きい、よってお主に野洲郡と栗太郡の二群合わせて9万石の所領をやる。」
「恐縮至極にございます。」
これによって善朗は、1万石にも満たない土豪から9万石の大名に一気出世した。
展開が早いです。




