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戦国タイムスリップ(仮)  作者: 飛龍
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4話観音寺騒動

領地に戻った善朗は家臣を集めていた。


「皆よく集まってくれた。皆に集まってもらったわけだがそれは村山家の今後について皆と話合いをしたいとおもったからだ。」


家臣たちも集められた理由に納得し、話合いが始まった。


「まずはじめに村山の財政についてだ、村山の石高は9000石だがこれを増やしたいと思っている。」


善朗のこの発言に家臣たちはざわついていた。


「殿増やすとはどういう事にございますか。新田開発をするとしてもする土地は残っておりませぬが。」

「新しく田を作るのではなく、米づくりのやり方を変えるのだ。」


と源三郎の質問に善朗は自信たっぷりにこたえた。


「だが時期的にまだ出来ぬのでこれはまた今度話す。次に米以外の収入だがこれに関しては村山にはないのでこれを売り収入にする。」と善朗が取り出したのは、現代人にとっては身近な石鹸である。

安定しない米の収入より油と水酸化カルシウム(水に溶かした灰)があれば簡単できなおかつ売れる可能性が高いから善朗は石鹸を選んだのである。


「これを大量に作って売ることができればかなり利益になるぞ。」と善郎が自信たっぷりに言わた源三郎を始めとした家臣たちは困惑しながらも受け入れた。


_______________________________


そこからなんやかんやで1ヶ月半時間が流れ石鹸販売は善朗の予想より遥かに多くの富をもたしていた。


「殿、これほどの銭の量は見たことがありませぬ。流石殿にございまする。」と最初に疑っていた源三郎をはじめとした家臣たちは手のひらを返しをしていた。


「だが皆のもの浮かれて無駄使いせずにもしもの為にとっておくのだいいな。」

「はっ」


_________________


ここから半月後にある事件の知らせが善朗の耳に届いた。


「殿、大変にございます。後藤重左衛門尉様とその御子息の後藤壱岐守様が観音寺にてお館様に手打ちにされたよしにございます。」と三郎助が伝えてた。

そしてその話を聞いていた源三郎や左衛門佐は動揺していた..


「殿、いかがなさいますか。」「殿お下知を」

「まずは落ち着け。状況を整理する、三郎助、後藤親子が手打ちにされた話を詳しく聞かせてくれ。」


この事件のことを観音寺騒動ど言うのだが、後藤賢豊は人望が厚く六角家内部でかなりの影響力を持っていた為に専制政治を推し進めたい六角義治に疎まれていたことで殺害される事となった事件だが、この影響で六角家は緩やかに下っていた坂道を転げ落ちるかの様に下っていく事となる。


善朗はこの事件の結末まで知っているので..

「皆、私はこの件に出来るだけ関わらない様にする事に決めた。」

「殿、それは流石に..」

「いいのだ、これは六角と重臣たちの問題だ。ただの土豪である我らに関係はない。だが何かあってもいいように準備だけは怠るないいな!」そう言って善郎は高みの見物を決め込んだ。



善郎が高みの見物を決め込んでいた頃観音寺城にて進藤・平井ら一部家臣団が六角親子を城から追い出していた。


「平井殿、我が観音寺城を攻めるとは夢にも思わなかった。」

「そうじゃな」

と進藤賢盛の話を軽く流した男は平井定武という六角家の家老で六角親子を観音寺から追い出したひとりであった。

この二人をはじめとした家臣団は六角親子の追い出しに成功したが、蒲生定秀・賢秀親子や三雲定持の仲介によりこれより14日後に六角義治が隠居し弟の義定当主になることで和解した。





観音寺騒動に善朗は関わらない上にハイテンポになってすいません。

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― 新着の感想 ―
[気になる点] ただ、過程が大事から結果にこだわらないでね?
[一言] 知識人じゃないと気づかないから大丈夫。
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