7. 草木をいたわる優しき心を持ちなさい
『草木をいたわる優しき心を持ちなさい』
祖父ちゃんはガーデニングが趣味だった。
本人は女の子にモテるために覚えたなんて謙遜していたけれども、花々を心から慈しんでいたことを僕は知っている。
もちろん僕も祖父ちゃんの影響を受けたから草木を愛でて育てるのが大好きだ。
小学校や中学校では先生にお願いして園芸部でも無いのに自分用の小さな花壇を用意してもらって色々と育てていた。
そしてそれは高校でも続いていた。
「ふんふんふ~ん」
花壇にお水をやっている時に鼻歌が出てしまう現象って名前があるのかな。
僕だけじゃないよね。
だってほら、後ろからも聞こえてくるから。
「ふふふんふ~ん」
「こんにちは」
「こんにち……椙山先輩!?」
僕のとは別の花壇を管理している園芸部の一年生の女の子だ。
時々こうして僕と同じ時間帯に水やりに来ているから印象に残っている。
小さめのサイドテールとそれを留める花の形をした髪留めがとても似合っている。
「ごめんね、突然話しかけて。驚かせちゃったかな」
「い、いえ!そんなことないです!狙ってました!」
「何を?」
「なんでもないです!」
僕が彼女に話しかけたのは鼻歌が気になってなんとなく、ではない。
その程度の理由で女の子に声をかけてもこれまでの経験上避けられてしまうことは分かっている。
「ビニール袋が飛んでっちゃって。取っていい?」
「はい、どうぞどうぞ」
園芸用具の備品を入れてあったビニール袋が風で飛んで、彼女が管理している花壇の中に入ってしまったのだ。
「ありがとう。うん、取れた」
花壇の花々を踏み荒らさないように気を付けてビニール袋を回収する。
ビニール袋は紫陽花にひっかかっていた。
「立派な紫陽花だね」
「はい、もうじき色付くと思うので楽しみです!」
「そういえば一年生だからまだ色付いたところを見たことが無いんだよね。うちの学校は紫陽花を沢山植えているから時期になるとすごい綺麗なんだ」
「あたしそれが楽しみで楽しみで、早く色付かないかなぁって毎日ここに来ちゃってるんです」
彼女はそう言ってはにかんだ。
『ということにしておいてください』って小さく聞こえた気がするけどきっと気のせいだろう。
「君はどんなお花が好きなの?」
「椙山先輩です!」
「え?」
「冗談です!紫陽花も好きですが、ラベンダーとかコスモスも好きです」
このタイミングでその冗談を入れる意味あったのかな。
「僕もどっちも好きだよ」
「わぁ先輩に好きって言われた」
「?」
さっきから微妙に会話が噛み合わないような気がする。
「あの、先輩は何を育てているんですか?」
「僕はマリーゴールドを育ててるんだ」
「あたし育てられちゃってましたか!」
「え?」
ううん、やっぱり話が通じないぞ。
いや待てよ、もしかすると。
「君ってマリって名前だったりする?」
「正解です!金森 茉莉って言います」
「なるほど、だからマリーゴールドなんだ」
園芸好きにとっては最高の持ちネタだね。
「じゃあ君にもたっぷりとお水をあげないとね」
「え?」
「はい、どうぞ」
「いいんですか?」
「うん」
後で飲もうと思って買っておいたスポーツドリンクをお近づきの印にプレゼントだ。
「僕はマリーゴールドが好きなんだ」
「あたし告られてますか?」
「特に丸っこいところが可愛くて」
「あたしは丸く無いです!」
「あははは」
金森さんは癖があるけれど慣れてくると結構話しやすくて楽しい女の子だな。
こうして花壇の世話をしていればまたお話する機会があるかな。
その機会はすぐにやってきた。
それも最悪な形で。
梅雨に入り雨が降りしきる中、金森さんが花壇の前で傘もささずに立ち尽くしているのを僕は廊下の窓から見つけてしまった。
慌てて傘を持って彼女の元へ向かった。
「風邪ひくよ」
「…………」
金森さんに傘を差しだしたけれど、彼女は受け取ろうとせずに呆然としたままだった。
仕方なく僕は自分の手で傘をさして彼女の頭上を覆った。
「…………」
「…………」
金森さんは無言である一点を見つめている。
僕はその視線の先を確認し、何故彼女がこうしているのかを理解した。
僕が金森さんにどう声をかけるべきか思案していると、彼女の方から話を切り出した。
「ごめんなさい、先輩」
この状況で金森さんが僕に謝る意味が分からなかった。
いや、それどころかその次の言葉の意味も分からなかった。
「あたし、先輩に話しかけてもらうのを狙ってました」
「……」
「先輩が花壇の世話をしているのを知ってたから、時間を合わせて来てました」
「……」
「先輩が鼻歌を歌っているのを真似したら話しかけてくれないかななんて思ってました」
「……」
何故金森さんが僕に話しかけて貰いたいと思っていたのか分からない。
でもそれよりも分からないのは、何故その程度のことで彼女が僕に謝っているのかが分からない。
「今もこうして傘もささずに立ち尽くすことで悲劇のヒロインを気取って先輩に見つけて貰おうなんて下衆いことを考えてました」
「……」
今の自分の姿は僕をおびき出すための演技だとでも言いたいのだろうか。
「全部、全部あたしが悪いんです」
金森さんの言葉の意味のほとんどが僕には分からなかったけれど、一つだけ分かることがある。
「雨が止んだら一緒に直そう」
「……………………なんで、ですか?」
「だってこのままじゃ可哀想だよ」
「これもあたしがやったんです!あたしが先輩の気を引くために!だからあたしに直す資格なんて無い!先輩と一緒にいるのが相応しくない悪い女なんです!」
「それは違うよ」
「っ!」
それだけは絶対にあり得ない。
金森さんが何を言おうとも絶対に信じてなんかやらない。
「ガーデニングが趣味の人に悪い人はいない」
これは祖父ちゃんの教えではない。
僕が勝手に信じていることだ。
そしてもう一つ。
「それに、金森さんが悲しんでいるから」
「ちがっ、これは、雨で……うう……」
僕はずぶ濡れの金森さんの肩を軽く抱いてあげる。
冷え切った彼女の心に少しでも温もりを与えられるように、と。
彼女がコレをやったなんて絶対にありえない。
『はい、もうじき色付くと思うので楽しみです!』
僕にそう答えた彼女の姿は本物だったから。
そして目の前の惨状に心を痛めている今の彼女の姿もまた本物だから。
降りしきる雨の中、僕はしばらくの間、金森さんに寄り添いながらめちゃめちゃになった紫陽花を眺めていた。
「それで心当たりは?」
「いや、あの、その、ですね」
その日の放課後には雨が止み、僕は金森さんと一緒に紫陽花の手入れを始めた。
完全にダメになったというわけではなく、折れたりキズが入ったところを切り落とすと案外無事なところが多かった。
しばらく経てば元気になるだろう。
花が咲くのは来年に持ち越しになってしまいそうだけれど。
「ほら、さっさと吐いちゃいなよ」
「その、あたしが悪かったのは本当なので、気にしないで欲しいというか」
「だーめ。ガーデニング好きとしては見逃せませーん」
「ううう」
金森さんは多少元気を取り戻したようだけれど、何故か花壇を荒らした犯人について口を割ろうとしなかった。
犯人の目星はついているっぽいんだけどなぁ。
「別に教えて貰ったからって手荒なことをするつもりは無いよ。ちょっとお話をするだけだから」
「お気持ちだけで結構です!」
「そういうわけには行かないよ。だって放置したらまた同じことが起きるかもしれないでしょ」
もしそうなったら僕は今度こそ激怒して犯人捜しを始めてしまうかもしれない。
金森さんを悲しませ、花壇を荒らすなんて言語道断だ。
それこそ僕がもてる全ての権力を駆使してでも……
「絶対に起きないから大丈夫です!」
「え?」
「その、先輩が激怒してるって話題になってまして」
「もう!?」
あの後、教室に戻ったら僕の事を心配した山瀬さん達がやってきたから、詳細は伏せて少しだけ説明した。
確かにその時に少しだけ怒ったそぶりを見せちゃったかもしれないけれど、別に激怒はしてなかったと思うんだけどなぁ。
それに例えそう見えたとしても、話が広がるの早すぎない?
というか、なんで僕なんかの話が広まってるのさ。
「だから絶対に同じことは起こらないです。むしろ全ての花壇が過保護に守られると思います」
「なんで!?」
僕が怒るとなんでそうなるのさ!?
「いや、でも心配なのは花壇だけじゃなくて金森さんもだよ」
「キター!ありがとうございます!ありがとうございます!」
意味不明の返答来ました。
調子が戻ってきたのかな。
「あたしも大丈夫です。お陰様で条件を満たしたから手を出されることは無い筈です!」
「条件?手を出す?」
「気にしないでください」
「??」
嘘を言っているような感じでも無いから、きっと金森さんが言うように本当に安全なんだろう。
しかし一体何が起きているんだろうか。
「ふふふんふ~ん」
金森さんは鼻歌交じりに紫陽花の手入れを再開した。
腑に落ちないところが多々あるけれども、笑顔が戻ってきたのならよしとするかな。
ヒント:協定
この子は草間さんタイプの問題児です。




