4. おのこといえども料理が得意でなくてはならん
『おのこといえども料理が得意でなくてはならん』
今の時代では男性が家事をすることは普通の事だけれど、祖父ちゃんが若い時は女性は家に男性は外にの価値観の時代だった。
でも祖父ちゃんはその時から料理が得意で女の子に振舞っていたそうだ。
今では自炊男子の目新しさは薄れているかもしれないけれど、それでも料理が得意であることはデメリットにはなり得ない。
僕も料理が得意で祖父ちゃん直伝のレシピを元に自分なりの料理を研究するのがちょっとした趣味になっていた。
それがまさか女の子を救うことに役立つ日が来るなんて思わなかったよ。
「あ~お腹減った」
四時間目の体育の授業が少しだけ伸び、僕達男子組はお腹を満たすために慌てて教室に戻って来た。
すると先に終わって教室に戻っていた女の子達が一か所に固まって何かをしていた。
何してるのかなと思って集団の外から少し覗いてみる。
どうやらクラスメイトの草間さんの席をみんなで囲んでいるみたい。
「椙山くん、お疲れ」
山瀬さんが近寄って来て声をかけてくれた。
「汗の香りがしゅごいいいい」
なんて小声でつぶやいているけどそんなに酷いかな。
タオルでしっかりと汗を拭って更に制汗シートで拭いて来たんだけど。
『制汗スプレーは程々にするのじゃ。オスの匂いを完全に消してしまってどうする』
とは祖父ちゃんの弁。
だから僕は体育の後はスプレーは使わずにシートだけで手入れしてるんだ。
それは今は良いか。
気になるのはこの集まりだ。
「山瀬さん、これって何の集まり?」
「草間さんに御飯を食べさせようの会、かな」
草間さんは僕達のクラスメイトの女の子。
髪の毛の色素が少し薄くて体つきがほっそりとしていることから、とても儚げに感じる女の子だ。
性格は非常におとなしく、無口で存在感が薄い。
「普段ご飯食べてないの?」
「それがね、『キャロリィメインツ』やお菓子しか食べてないの」
「そうなんだ。栄養が偏りそうだね」
「私もそう思う。それでさっきの体育で調子が悪そうだったから、みんなでなんとかしたいねって話の流れになって」
それでみんなで餌付けしようとしてるんだ。
「でも食べて貰えてないみたいだね」
女の子達がご飯を差し出しても草間さんは小さく首を振って拒否していた。
「好き嫌いが多いのかな」
「ううん、草間さんは手料理が苦手なの」
「そうなの?」
原因は両親があまりにも料理が苦手で、幼い頃にあたってしまい病院に運ばれたこと。
それ以降、食べられないわけではないみたいだけど、手料理が苦手になってしまったとのことらしい。
聞けば普通に教えてくれる話で本人が特に困っている様子はないみたいだけど、栄養面で心配だなぁ。
「じゃあ僕も挑戦してみるかな」
「え?」
自慢じゃないけど僕の自作弁当はかなり美味しい。
自分好みの味付けにしてあるけど、他の人の口にもきっと合うはずだ。
見た目も色とりどりで食欲をそそるように工夫してある。
これで草間さんの胃袋を掴んで手料理の苦手を克服してもらうんだ。
僕はお弁当を持って集団の中に入った。
「え?椙山くん?」
僕のことに気が付いた女の子達が道を開けてくれた。
ありがとう。
でも少し距離を取り過ぎじゃないかな。
「草間さん、僕のお弁当はどうかな」
「……」
草間さんは『キャロリィメインツ』をハムスターのように小さく齧っていたけれど、僕が近寄ると食べる動きが止まった。
そして『キャロリィメインツ』を噛んだまま目を見開いて僕の顔とお弁当を交互に見ている。
よし、興味を持ってもらえたかな。
「ほらほら、美味しそうでしょ」
草間さんの視線はお弁当にくぎ付けになっている。
これはもしかすると行けるかも。
よし、それならこれでもくらえ!
僕は今日のお弁当の中でも特に自信作の玉子焼きを一口大に切って箸でつまんだ。
「はい、あ~ん」
ポロリと『キャロリィメインツ』が机の上に落ちた。
草間さんは小さな口を開けたまま固まっている。
玉子焼きを押し込みたいけど、無理矢理はダメだよね。
「「「「「…………」」」」」
周囲が微かにざわめいている気がするけどなんだろう。
今は草間さんとお話し中だから気にしない方が良いかな。
草間さんは差し出された玉子焼きをジッと見てから、顔を動かさずに目線だけ動かして周囲の様子を確認した。
「…………ふっ」
そしてにやりと不敵な笑みを浮かべてから玉子焼きを口に入れた。
「「「「「あー!!!!」」」」」
その姿を見た女の子達が声を揃えて叫んだ。
草間さんが手料理を食べたんだからびっくりするよね。
本当に食べて貰えるとは思わなかったから僕も驚いたよ。
「…………あ~ん…………からの…………手料理…………最高」
草間さんはとても美味しそうに玉子焼きを堪能してくれた。
食べながら周囲を見ているのは、気にかけてくれた女の子達にお礼を言いたいのかな。
ギリィ!
何今の音!?
「…………もっと」
不穏な音の正体を調べる間もなく、草間さんは可愛い口をあけて次をねだって来た。
うんうん、たっぷり食べさせちゃう。
「はい、これどうぞ!」
「うわ!」
「むぐっ!?」
突然、女の子の一人が割り込んで来て草間さんの口に焼きそばパンをねじ込んだ。
ちょっと、苦しそうだって。
僕がそう抗議する暇もなく、次々と女の子達が群がって来て僕は集団の外に押し出されてしまった。
「これも食べられるよね」
「食べられないなんて言わないよね」
「さっさと食べろやコラァ!」
なんか怖いんですけど。
僕が呆然と立ち尽くしていると山瀬さんが寄って来た。
「椙山くんのお弁当、美味しそうだね」
「ありがとう。山瀬さんも少し食べてみる?」
「いいの!?」
しかしその瞬間、草間さんに群がっていたはずの女の子達が一斉に振り返ってこちらを睨んだ。
超怖い!
「あ、うん、でも椙山くんの食べる分が減っちゃうから遠慮しておくよ」
「そう?気にしなくて良いのに」
「気にするって。体育の後だしお腹減ってるでしょ。ささ、食べて食べて」
「う、うん」
山瀬さんがそう断ると女の子達はまた草間さんの方を向いたが、草間さんは今の隙に逃げ出していた。
「まてコルァ!」
「逃がすな!追え!」
「協定を破った者には死を!」
良く分からないけど、仲が良さそうで良かった良かった。
全然良くなかった。
翌日のお昼、草間さんはまた『キャロリィメインツ』を食べていたからだ。
そりゃそうか、あれだけで問題解決とはいかないよね。
草間さんの事情を知ったからには、このまま放置は出来ない。
とりあえず今日も僕のお弁当を食べてもらって徐々に手料理に興味を持ってもらおうかな。
「草間さん、僕のお弁当食べる?」
「…………」
無言だけどコクリと首を縦に振ってくれた。
「…………ふっ」
まただ。
ご飯を食べる時の癖なのかな。
ギリィ!
こっちもまた聞こえた。
何の音なんだろう。
「…………はやく」
「ああ、うん。それじゃあこのハンバーグを……」
箸で一口大に切っていたら、僕達の所に一人の女の子がやってきた。
「椙山くん!」
「山瀬さん?」
「チッ」
今舌打ちが聞こえたんだけど草間さんじゃないよね。
こんな大人しそうな女の子がそんなことしないか。
「どうしたの?」
「ええと、その、椙山くんのお弁当は美味しすぎるから、そればかり食べると他の手料理を食べられなくなると思うの!」
な、なんだって!
どうせ食べて貰うなら美味しい物をと思ったのに、まさかそんな罠があるなんて。
僕としたことが、なんという失態を犯したんだ。
こんなんじゃ祖父ちゃんに怒られちゃうよ。
「…………他の…………嫌」
「ほらぁ、こうなっちゃうの!」
「チッ」
それなら一体どうすれば。
両親が料理下手だからお弁当を作って貰うのはダメ。
市販のお弁当は美味しい物もあるけどまだ草間さんが興味を持っていないからダメ。
となると……
「そうだ!それなら僕が草間さんに料理を教えてあげるよ」
「え?」
「え?」
自分で作るなら安心して食べられるよね。
しかも自分好みの味付けのお弁当を作れるんだ。
「どうかな?」
「…………めんど」
デスヨネー
毎朝お弁当を作るのは、どれだけ簡単なものであっても慣れてない人にとっては大変だよね。
この案もダメだったかー
と思ったらどうやらそうでも無かったみたい。
「…………ううん…………やる」
「ほんと!?」
良かった。
興味を持ってくれたみたい。
「…………じゃあ…………教えて…………私の家で」
「「「「「!?!?!?!?」」」」」
ぞくり、と寒気がした。
おかしいな、風邪ひいちゃったのかな。
元気な気がするんだけど。
僕が自分の体調を気にしていたら、山瀬さんが妙に慌てて話に割り込んで来た。
「放課後に家庭科室でやるのが良いと思うよ!」
「学校でやるのはマズくない?」
「料理部に許可をとれば大丈夫だよ。きっと料理部のみんなも椙山くんに料理を教わりたいって。それに私達も興味あるから参加したいしさ」
「そうなの?」
周りを見るとみんな猛スピードで頷いていた。
そっかぁ。
そんな風に言われたら嬉しくて断れないよ。
「それじゃあ今日から毎日放課後に教えてあげるね、草間さん」
「チッ」
なんか少し不服そうだけどどうしてだろうか。
結果、草間さんは料理が出来るようになった。
というよりも、元々料理すること自体は苦手では無かったらしい。
家で両親が料理が出来ない分、時々簡単なものを自分で作っていたとのこと。
ただお弁当を作るのは面倒で、市販のお弁当も好きでは無いからお菓子の類を食べていた。
だから比較的簡単に出来るお弁当の作り方を教えてあげたら、時々お弁当を持って来るようになった。
「…………はい」
「ええと、何で?」
そんなある日の昼休み、草間さんが何故か僕に千円を渡そうとして来た。
「…………料理教室代」
「いらないよ!?」
料理教室だなんて、そんな大層なことは教えてないから困るよ。
このお金は絶対に貰えない。
「…………私と…………お話して…………くれたから」
「怪しいお金になっちゃう!」
別にそういう職業の方を否定するつもりは全く無いけど、僕は仕事で草間さんに関わろうとしたわけじゃ無いんだからね。
「…………じゃあ…………コレ」
「え?」
草間さんは自分のお弁当箱の蓋を開けた。
中にはナポリタンが大量に敷き詰められていた。
これはこれで栄養が気になるところだけれど、隅の方にミニトマトが入っているから少しは考えられているのかな。
草間さんはナポリタンをフォークでくるくると巻き取って僕の方に差し出した。
「…………あ~ん」
食べてってことだよね。
まぁお金じゃなくてこれ一口くらいならいいかな。
草間さんの感謝の気持ちだろうし、受け取らなかったら悲しませてしまうかもしれない。
「そ、それじゃあ」
僕はパクリとそれを頂いた。
「「「「「あー!!!!!!」」」」」
草間さんとお話していると女の子達が騒がしくなるのは何でだろう。
まぁいいや。
肝心の味だけど、少し甘めだけどトマトの風味が効いてて美味しい。
「ありがとう、とても美味しかったよ」
そうシンプルに感想を告げると、草間さんは嬉しそうに微笑んでくれた。
草間さんって口数は少ないけど表情が結構豊かだね。
でも一つだけ分からないことがあるんだ。
僕がお礼を言った後に草間さんは女の子達に引き摺られるように去って行ったんだけど、その時に奇妙な事を呟いたんだよね。
「…………赤スパ…………成功」
赤スパってナポリタンのことかな?
女の子(の食生活)を救う話でした。




