24. いかなる理由があろうとおなごには決して手をあげてはならぬ
『いかなる理由があろうとおなごには決して手をあげてはならぬ』
おなごからの愛の鞭は甘んじて受けなさい。
別にドMになれと言う話ではない。
どのような理由があっても女の子には暴力を振るうなという話である。
例え相手がどれほどの極悪人であっても、どれほど強い人間であっても、暴力で解決してはならない。
そのために必要なのは圧倒的なまでの力だ。
矛盾しているようだけれど案外そうでも無い。
力があるからこそ相手の暴力を受け止めながらも無効化出来るのだから。
――――――――
「椙山君!」
「清田さん?」
学校が終わり帰ろうと校門を出たら清田さんが待っていた。
「うちの学校まで来るなんてどうしたの?」
「お医者さんを紹介してくれたお礼を言いたくて」
「ええ! もう沢山メッセージもらったよ」
「直接会ってお礼を言いたかったの」
律儀な人なんだな。
なんて思うのは少し前までのこと。
今の僕は清田さんの気持ちを無視できない。
でもまだしばらくは鈍感を装うつもりだ。
『あること』が起きるまでは。
「ハ~イ。ソこまでデス!」
「わわ、クロエさん」
「用が終わったらさっさと帰るデース!」
「綺麗な人。そういえばあの練習試合の日も応援に来てたね」
「カズヤのコイビトデース」
「違うでしょ!」
「ワワ、ヤマセはなしテ!」
「…………油断も…………隙も無い」
「そうですよ、先輩は私の恋人なんですから」
「金森さんも油断できないですぅ!」
「はわわ、ライバルがいっぱい」
う~ん、今日は賑やかだな。
女の子達がいっぱいだ。
「へぇ、カズ君こんなに手を出したんだ。やるぅ」
「霊峰先輩!?」
「まさかカズ君呼びするやつがいるとは」
「ま~た増えてるんかいな」
「流石に」
「見境なさすぎでは」
うお、もっと増えた。
みんなの邪魔になるから端に寄った寄った。
「霊峰先輩までどうしたんですか?」
「カズ君どんな感じかな~って気になって見に来たの」
「和也君凄い人気でしょ。お姉さんもうかうかしてられないわ」
「婦警さん!?」
美羽子さんまでやってきた。
偶然みんなが集まって来て酷い騒ぎになっている。
だってこんなにも綺麗で可愛い女の子達が集まったらみんな無視出来ないよ。
「椙山君、紹介してください」
「カズヤは私が一番だよネ」
「こんなに多いとBL談義をする時間が取れないかもですぅ」
「可愛い衣装で」
「アピールしないと」
「ここでカズ君に突然キスしたら面白そう」
「あ、突然怪我が痛み出した。椙山君助けて~」
「ほな、私が肩貸すわ」
「くっ……このエセ関西弁が」
「初対面なのにエラい言われようやな」
やばい、本格的に酷い状況になりつつある。
美羽子さんに本来の仕事をさせる羽目になってしまうかもしれない。
一旦学校に戻るか。
でもそうすると清田さん達が入って来れない。
この近くに周囲の人の迷惑にならない広い場所があったけかなぁ。
女の子達の喧騒の中、僕が悩んでいたその時。
僕が待っていた『あること』が起きたのだった。
「かー君はあたしのものよ! 誰にも渡さない!」
相変わらず力強い良い声をしている。
脳内に突き刺さるような鋭い言葉が僕らの動きをピタリと止めた。
「相変わらずだね、ゆ~ちゃん」
勝気な瞳に挑発的な笑み。
両手を腰に当てて仁王立ちする姿は間違いなく僕が良く知る人物だった。
「ね、ねぇ椙山君。その人は誰?」
山瀬さんが恐る恐る僕に聞いて来る。
そういえばこういう時に真っ先に僕に聞いて来るのはいつも山瀬さんだ。
もしかしてそういうルールでもあるのかな。
僕が最初に仲良くなったアドバンテージがあるとか。
『協定』にはまだまだ僕が知らない細かなルールがあるって霊峰先輩が言ってたし、それを想像するのが少し楽しかったりする。
「その人はおにいちゃんと私の天敵」
おっと、僕が答える前に先越されちゃった。
でも天敵は無いでしょ天敵は。
確かに目の敵にされてるけどさ。
「絶対におにいちゃんに会わせてはならなかったのに油断した!」
「ふふん、美来が何をしようとあたしは止まらないわ。さぁか~君、今度こそ婚約してもらんだからね! 勝負よ!」
「「「「「「「え~!」」」」」」」」
いつもは面倒だなと思っていたけれど、今回ばかりは別だ。
絶妙なタイミングで来てくれて感謝するよ。
彼女は 小長谷 悠紀。
僕の幼馴染だ。
――――――――
「ここが椙山くんが通っていた道場なんだ」
「椙山様にゆかりの地に入れて頂けるなんて光栄でございます」
「先生も呼んでくれると思わなかったぜ」
「センパイといずれここで……」
「旦那様のお爺様。どのような方だったのでしょうか」
「ここに来るのも久しぶりね」
幼馴染に再会して勝負を挑まれたあの日から数日後の土曜日。
僕はこれまで知り合った女の子達を全員道場に呼んだ。
目的は二つ。
一つはこれから始まる僕と幼馴染の勝負を見届けて貰うため。
もう一つは大事なお話を聞いてもらうため。
ただし、後半の目的を叶えるには前半の勝負で勝たなければならない。
「お待たせ」
僕の格好は動きやすいランニングウェアだ。
普段着でも良かったのだけれど、今回は少しばかり動くかもしれないから念のため。
「また馬鹿にしてっ!」
この姿に怒ったのは胴着を着て道場の中央で正座で待つゆ~ちゃんだ。
これもまた恒例行事。
「馬鹿にしてないよ。今日は着替えたでしょ」
「胴着を着なさいって言ってるのよ!」
「何度も言うけど『椙心流近代武術』は日常の中での実戦を想定した武術だから着替える方が変なんだよ。道端で襲われた時にわざわざ胴着に着替えないでしょ」
「うるさい! うるさい! うるさい!」
性格は全く変わり無し、と。
感情を昂らせて冷静さを失うのもダメなんだけど、今それを言ったら火に油を注ぐようなものか。
「今日はギャラリーもいることだし少しだけ相手してあげるよ」
「ぐぎぎ……上から目線でムカつく!」
そりゃあわざと煽ってるもん。
でもこれじゃあ勝負にすらならないかな。
もしこのままならすぐに終わらせよう。
「ふん、いいわ。後でほえ面かくのはか~君だから今のうちに良い気になってなさい」
おや、ここで冷静になれるのか。
少しは成長したのか、それとも自信家になってしまっただけなのか。
後者の可能性の方が高いのが残念なところだ。
「あんたが女の子とデレデレしている間に私は日本中の道場を破り続けてかなり強くなったんだから。昔のようにはいかないからね」
そうなのだ。
この幼馴染は僕に勝つために学校に行かずに全国武者修行の旅をしていた。
元々僕と一緒に祖父ちゃんに武術を学んでいたのだけれど、とある理由により僕を倒すことに夢中になってしまった。
祖父ちゃんが亡くなり、かといって僕に教えを乞うのは嫌で、独自で特訓をはじめるようになった。
武者修行もその一つで、もちろん誰もが止めたけれど気付いた時には行方をくらませていた。
ゆ~ちゃんの性格的にそろそろ僕に再戦したくなってきた頃かなと思ったら予想通りだったよ。
「道場破りに意味はないって祖父ちゃんも言ってたでしょ」
「ふんだ、あのクソジジイがやらないことをやらなきゃ、か~君より強くなれないでしょ」
そういう意味じゃないんだけど。
実戦武術が型のある流派に挑んでも意味が無いんだよ。
襲ってくる相手が武術家であることを想定しているなら良いけど、普通に生きてたらそんなことないでしょ。
「さぁ、やるわ!」
「はいはい」
僕らは立ち上がるが、ボクシングのように構えはしない。
どんな体勢でどんな状況でも行動出来るのが椙心流近代武術だから。
「疾っ!」
何の前触れもなくゆ~ちゃんが動き僕に拳をぶつけてくる。
中々の速さだ。
以前とは雲泥の差だ。
「疾っ!疾っ!疾っ!」
僕の肩付近を狙った連打に足払い、シンプルなコンビネーションから徐々にフェイントを入れた複雑な動きへと変わる。
その全てを僕は最小限の動きで躱した。
「…………何が…………起きてるの?」
「見えないですぅ!」
「カ、カズヤ!?」
「やっぱり今の私じゃ悠紀ちゃんにも勝てないなぁ」
「まさかこんなに強かっただなんて。うう、せめて勉強では勝ちたいなぁ」
女の子達は驚いているようだけれど僕は全く逆だった。
がっかりだよ。
こんなありふれた型通りの攻撃しかしてこないなんて。
基礎能力が上がっただけで弱くなったようにしか思えない。
祖父ちゃんから教わったことを全部忘れたのかな。
「こっのっ!」
攻撃が一向に当たる気配がなく、軽くあしらわれていることが分かるのだろう。
苛立ちを隠そうともせずに、動きが雑になり始める。
ここまでかな。
もう少し強くなっているのではと期待していたので落胆が大きかった。
やっぱり全国行脚なんてやらせるべきでは無かったのかもしれない。
いや、待てよ。
何かがおかしい。
いくらなんでも本当にこの程度で挑んでくるだろうか。
僕や祖父ちゃんの強さは嫌という程知っているはずだ。
「うおっと」
「チイッ!」
危ない危ない。
油断しないで良かった。
あのつまらない攻撃は僕をがっかりさせるための罠で本命は今の一撃。
「ピアノ線を仕込んでたのか」
「今のを見破るなんてやるじゃない」
「いや、直前まで気付かなかったよ」
道場は木の床を張り合わせたものであり、その張り合わせた境目の部分にピアノ線を設置してあったのだ。
手を抜いた攻撃で僕の気を削ぎながらその場所に誘導してタイミング良くピアノ線を引っ張り足をひっかけようとしたのだろう。
「私みたいに怪我しちゃう。危ないよ」
「卑怯だな」
「漫画みたいなことするんだね」
女の子達の評判はよろしくない。
これまた僕の印象は逆だ。
「良い案だったと思うよ」
「ふん、そういうのは喰らってから言いなさいよ」
準備無く襲われた時には使えないけれど、こちらから仕掛ける場合には有効だろう。
実戦武術はいわば『何でもあり』。
卑怯なんてことは何一つないのだから。
「それじゃあそろそろ本気でいくわよ」
「分かった」
なんてわざわざ宣言するところはまだまだだけど、動きは格段に良くなった。
目つぶしや金的は当然で、胴着に隠し持っていた数々の暗器を駆使して僕を仕留めに来る。
「ほらほら、どうしたの。防戦一方じゃない。そもそもあんたは手を出せないだろうけどね!」
ううむ、まさかここまで強くなっているとは。
他の流派の型に多少引っ張られている感じはあるけれど、僕が今まで相手した中で祖父ちゃんの次に強いかも。
武者修行なんてしないで真面目に僕と修行していればもっと強くなっただろうに、勿体ない。
さて、僕の強さはもう女の子達に伝わっただろうから、そろそろ終わりにしよう。
確かに僕は女の子に手をあげることは出来ない。
でもだからといってゆ~ちゃんを倒せないわけじゃないんだよ。
ゆ~ちゃんが次の暗器を取り出そうとしたタイミングで動いた。
ダメだよゆ~ちゃん。
武器を取り出す動きは僅かとはいえ隙になるから、ここぞの場面だけで使わないと。
「これで……!?」
ゆ~ちゃんですら視認できない速度で背後に回り、軽く膝裏を押す。
姿勢がぐらついたところで右手を膝裏に、左手を肩にやればお姫様抱っこの完成だ。
「はい、終了」
「な、な、な……!」
もちろんこの状況から反撃してくれても一向に構わない。
だがあらゆる攻撃が避けられた上、こうも簡単にお姫様抱っこを許してしまったら力の差を認めざるを得ないだろう。
「今回も僕の勝ちだね。それともまだやる?」
「…………」
ゆ~ちゃんは顔が真っ赤だ。
その意味を僕は知っている。
ゆ~ちゃんもまた僕に想いを寄せる女の子だから。
「うわああああああああん! また勝てなかったよおおおおおおおお! か~君と結婚したいよおおおおおおおお!」
あたしが勝ったら結婚して!
幼い頃の僕は彼女に強制的に約束させられ、彼女はそのために鍛えていた。
ということで最後は幼馴染でした。
今回も助けてないけど許して!




