閑話 大変なことになった(ビーチ編)
口は災いの元、とは良く言ったものだと思う。
女の子達と夏休みの予定を決める時に真っ先に出たのが『海に行きたい』だった。
怪しく光る多くの目に睨まれて冷静さを失っていたのか、絶対に言ってはならないことを口にしてしまったんだ。
「海かぁ。小学生の時は良く行ったなぁ」
「ウソ!そんなはずないのに」
「え?」
何故かみんなは僕が海に行ったこと無いと思い込んでいたみたいで、根掘り葉掘り聞かれてしまった。
当時は夏になると毎年祖父ちゃんのプライベートビーチに行っていたことを。
「だから誰からも目撃情報が上がらなかったのね」
「そんなの分かるわけないですぅ」
あれれ、おっかしいな。
それだとまるで僕を探していたみたいじゃないか。
まさかね。
「それでそこには今も行けるの?」
僕は女の子達に嘘をつくことが出来ず、そのビーチの現在の所有者であり祖父ちゃんの部下だった人に連絡をしたら快く使わせてくれることになった。
そして試練の日はやってきた。
「これでよし、と」
広い砂浜には今はまだ僕以外の誰もいない。
女の子達は背後にある更衣室で着替えているはずだ。
僕はその間にビーチパラソルやビーチチェアなど、くつろげる場所の準備を終えた。
「久しぶりだけど、相変わらず綺麗だな」
ゴミどころか漂着物すら見かけないところから察するに、しっかりと管理されている場所なのだろう。
などと景色を堪能しながら現実逃避していたら、ついに女の子達がやってきた。
「お待たせ致しました。旦那様」
最初は紅さんか。
僕は一旦きつく目を瞑ってから神様に強く祈った。
お願いします、水着を着ていてください!
だって今日の女の子達、ヌーディストビーチとか言い出しそうなんだもん!
「旦那様?」
勇気を出すんだ。
そして女の子達を信じるんだ。
みんなはきっと節度を守ってくれるって。
僕は意を決して振り向いた。
「(やったあああああああああ!)」
良かった、紅さんはしっかりと水着を着てくれていた。
しかも予想外に露出が少ないタイプのものだ。
基本はビキニタイプの水着だけれど、上半身は薄くて広い半透明の肩掛け布で覆っているし、下半身はパレオが巻かれている。
男として露出が少ない方が喜ぶなんて変な話だけれど、仕方ないんだよ!
「そんなに喜んで下さるなん……て……」
紅さんは僕の喜びようを弄ろうとしたっぽいけれど、驚きで硬直してしまった。
僕の体を凝視しているんだけど何か変かな。
「おーい、紅さーん」
「…………」
声をかけても全く反応が無いが徐々に顔に赤みがさしてゆく。
もしかして男性の裸を見て照れているのかな。
それとも熱中症だったらどうしよう。
ひとまず手を引いてビーチパラソルの下に移動させようと思ったタイミングで他の女の子達もやってきた。
「椙山先輩!おまたせしま……きゃああああ!」
「はわわ、格好良すぎです!」
「センパイ逞しい」
あらら、三人とも紅さんと同じで固まっちゃった。
その場でじっとしていたら足の裏が熱くないのかな。
金森さんはフリルが沢山ついた花柄のビキニでとても可愛らしい。
松木さんと佐々音さんは……聞かないで欲しい。
「だ、だだだ、旦那様。触ってもよろしいでしょうか!」
「ええ、恥ずかしいなぁ。少しだけだよ」
「私も触りたいです!」
「はわわ、良いんですか?」
「センパイ逞しい」
復活した四人が恐る恐る僕の体に手を伸ばした。
やわらかな感触が胸元やお腹に触れてくすぐったい。
「椙山先輩、鍛えすぎじゃないですか……」
「ですが旦那様のお体は気持ち悪く無いです」
女の子達の反応の意味が分かった。
鍛えられた僕の体に驚いているんね。
これでも小さい頃から今もずっと鍛錬を続けているからね。
体の締まりには自信があるんだ。
見せるための筋肉じゃないから自然に洗練されている感じがするだろう。
気持ち悪くないっていうのはきっと不自然さが無いってことだと思うんだ。
この体に関しては自信があるからね。
堂々と自慢するよ。
「はわわ、幸せです……」
「センパイ逞しい」
でも女の子達の目が怪しく光り出したらここまでにしておこう。
「はい、ここまで」
「え~」
「え~」
「え~」
「え~」
だってこのままだと涎塗れになりそうなんだもん。
話を逸らして誤魔化さないと。
そうだ、まずは水着を褒めるのが最優先だった。
「紅さんの水着は大人っぽくて似合ってるね」
「ありがとうございます。旦那様」
安心して見ていられるのはとても嬉しい。
「よろしければ旦那様のお望みの具合になるよう剥いでくださいませ」
「剥がないよ!?」
そんなことしたらまごうこと無き変態じゃないか。
「ご安心ください。脱がす楽しみを味わってもらうために敢えて露出の少ない水着にしましたので」
「何処に安心出来る要素があるの!?」
「最後まで剥いでしまっても構いませんので」
「今が一番似合ってるよ!」
これ以上この話を続けてはダメだ。
次!
「金森さんの水着は可愛らしくて似合ってるね」
「わーい!作戦通り!」
「作戦?」
不穏な単語が聞こえて来たけれど、別に普通に似合っていて変なところは無いと思うよ。
「金森さん甘いですね」
「どういうことですか!紅先輩!」
「確かにフリルや花柄は男子ウケする王道水着だけど、年下のあなたがそれを着てしまったなら年相応の可愛らしさの範疇で受け止められてしまう。そこには異性に対する女性の色気が皆無なのよ!」
「な、なんだって!」
男の僕の前で水着で色気とか言わないで欲しいのですが。
意識しないように気を強く持つのが大変なんだから。
金森さんがorzになって悔しがっているけれど、これもきっと触れてはいけないのだろう。
次!
…………先に宣言しておく。
僕は基本的に女の子ならばなんでも褒めるべきと祖父ちゃんから教わった。
それは当然のことだと思うし、自然に褒める言葉が口から出るようにもなった。
でもね、これだけは絶対に褒めてはならないって分かるんだよ。
「佐々音さんなんでスク水なんですか!大人でしょうが!」
この中で唯一大人の女性である佐々音さんが、唯一スクール水着を着ているのだ。
しかもサイズが合わないのかパッツンパッツンで、巨大なアレが強烈に主張している。
「はわわ、今日のために買った水着を家で試着していたら肩紐のところが切れちゃったんです。家に残ってる水着が学生時代に着てたこれしか無かったんですうううう!」
だからサイズが合わなくて凄いことに……
「そこは別のを買いに行きましょうよ」
「もう店が閉まってる時間だったの」
「だからってスク水だなんて。来る途中に買えば良かったじゃないですか」
「どうしようって慌ててしまって思いつかなかったんです」
「慌ててるのになんで『ささね』ってひらがなで書いてあるんですか!」
高校の授業でそんなあざとい名前付きスク水なんて着るわけないでしょうが!
…………着ないよね?
「とにかく目の毒なので着替えて下さい」
「はわわ、目の毒ってことは意識してもらってますか?」
「着替えて下さい!」
「はわわ、ごめんな……あっ」
ブチって音が聞こえた。
古い水着が限界を迎え、はらりと地面に落ちようとしていた。
僕は高速で後ろを向いた。
ああ、波の音が心地良いなぁ。
「いやああああああああ!惜しかった!」
惜しかったじゃねーよ!
さっさと水着を買いに行きなさい!
「まったく、佐々音さんったら」
佐々音さんが水着を買いにその場を離れてから僕は再度女の子達の方を見た。
もちろん最後の一人の水着を褒めるためだ。
最後の一人は松木さん。
ただ普通にしているだけで男を魅了する魔性の体の持ち主。
そんな彼女の水着姿をまともに見たら僕はどうなってしまうのだろうか。
「松木さんの水着……」
「…………」
正直に告白しよう。
思わず生唾を飲み込んでしまったと。
松木さんの水着はシンプルなビキニ。
装飾など一切なくオーソドックスな形のもので、面積が広く隠すべきところはしっかりと隠されてる。
人によっては色気とも取れるし健康的とも取れるコーディネイトだ。
もちろん松木さんは色気全振りだった。
決して太っているわけではないのだけれど、程よい肉付きが絶妙な色気を醸し出している。
それは手足やお腹といった露出されている部分だけではなく、胸やお尻といった隠された部分も同様だ。
まるで体全体から襲って下さいと誘惑するフェロモンが出ているようで、見ているだけなのにくらくらする。
どれだけ理性を働かせようとしても下半身が反応してしまう。
「(祖父ちゃんの地獄の特訓を思い出せ!)」
ここで襲い掛かってしまったならばきっと松木さんを悲しませてしまう。
もしかしたら悲しまないかもしれないけれど、それはそれで夏の海を楽しむどころではないヤバイことになってしまうだろう。
だから僕は過去の苦しかったことを思い出して必死に邪な気持ちを上書きしようとした。
「とても似合ってる……よ」
「…………ありがとう」
ぐっ……
その姿で素直に照れるのは反則だろう!
「松木さんいいなぁ」
「高級素材には敵わないことは分かっていたけれど……」
その瞬間、僅かに松木さんの顔に影が差したのを僕は見逃さなかった。
女の子達から羨ましがられるのが嫌だってことなのかな。
ううん、多分それは違う。
だって松木さんはこれまでも同じような目線で見られていたけれど全く意に介していなかったもん。
となると僕からエッチな目で見られるのが嫌だと言うことなのかな。
でもそれも違うと思う。
松木さんは自分の特異体質を理解していて、それを嫌だと思う雰囲気はこれまで一切感じられなかった。
もちろん昔はそうではなかったのかもしれないけれど。
思い出せ。
何か無いか。
わずかとはいえ女の子を悲しい気持ちにさせるなんて男としては絶対にやってはいけないことだ。
そういえば海に行く話が出た時に一番食いついてたのって松木さんだったような。
『センパイと海で遊びたい!』
あの時は松木さんだけが目に怪しい光が宿っていなかった。
純粋に僕と海で遊びたいっていう雰囲気だった。
もしかしたら松木さんは海で遊んだことが無いのかもしれないって思ったっけ。
それかな。
ここはプライベートビーチだから良いけれど、もし普通のビーチやプールに松木さんが遊びに行ったとしたら男の視線を一斉に浴びて大騒ぎになるかもしれない。
興奮した多くの男に襲われてしまう可能性だってある。
だから松木さんは水着を着て遊ぶ機会が無くて、そのことに憧れていたのだとしたら。
僕に出来ることはあるじゃないか。
「よし、今日は目一杯遊ぼう!」
女の子を悲しませないためと思えば、イケナイ誘惑程度簡単に抑えてみせるさ。
「さぁ、松木さん行こう」
「え?」
僕は松木さんに手を伸ばした。
一切の邪念を捨てて。
普段通りの僕に戻ったことに松木さんは少しの間驚いていたようだけれど、聡い彼女はそれが意味することをすぐに理解したようだ。
「うん!」
その向日葵のような笑顔につられ、僕らはまるで小学生のように倒れるまで無邪気に遊び尽くした。
「次はセンパイの好きにして良いですよ」
やっぱり松木さんは侮れない。
考えても考えてもどうしても展開がノクターン行きになってしまうので、どうにかしてそうならないようにしました。
だってこいつら隙あらば水着を脱ごうとするんですもん。
結局水着を見せただけで海で遊んだシーンを描いてませんが、それ書くと膨大な分量になりますので割愛。
脳内で補完してくださいな。




